見出し画像

それは奇妙な夢だった

なんとも言えない気分で目覚めた。
夢でよかったと思った。
奇妙にリアルで、だけど絶対にあり得なくて。「もしも本当だったらどうしよう」と思わずにいられない夢。

大切な人が蛹になるのだ。
ある日、突然。
繭を作るわけでもなく、蝶のように堅い殻を作るわけでもない。
甲虫のように予め成虫の姿を匂わせてもおらず、ただ、昨日まで、さっきまで動いていた体が動かなくなり、硬くなる。
目は閉じられ、倒れたままの姿で硬くなる。
着ていた服まで硬くなる。
それが蛹なのだと瞬時で気付くあたりが夢なのだ。そう思ったのは目覚めてからだけど。
やがて背中から新たな姿になってその人が現れる。
でも自分は知っている。
その姿は今となんら変わらない。
変わるのは・・・

そこで目が覚めた。
僕の大切な人。あれは誰だろう?見知らぬ人だった。
いや?どこかで会ったかもしれない。よくわからない。
若い男の人だった。
穏やかに笑う。だけど、僕には見えない何かを絶えず見ているような遠い目をしている。
これからどこかで会うのだろうか?
妙に気になる夢だった。

まだ起き上がるには早い時刻。
夏の夜明けは早いけど、明るいからといって起きてもお腹が空くだけ。
朝食の時間まであと2時間。枕元の時計をじっと見る。
「続きが見れるかな?」
奇妙な夢だけど、蛹から孵る人に会ってみたかった。

「そんな夢を子どもの頃から繰り返して見るんだ」
「へぇ。俺は歯の抜ける夢を繰り返して見てた。サメみたいに何度でも生え変わる夢。だけど、最近見ないなぁ」
「実は俺もなんだよね」
子どもの頃はその「大切な人」の顔がはっきり見えていたような気がする。
それが歳を取るごとにぼやけてきたような気がしていた。
そして20歳を過ぎた頃からぱたりと見なくなった。
「大切な人って案外と自分自身だったんじゃない?」
「うわぁ、いやだ。俺、ナルちゃんだったん?」
おもえ、夢の中の俺はどうだったろう?今の自分に似ていたような気がする。
「歯が抜ける夢って親と別れる夢とかいうよね」
「あ、家を出たから見なくなったのか」
「納得するなよ」
友人らの会話をぼんやりと聞きながら、どうしてあの夢を思い出したのだろう?と考える。本当にもうしばらく見ていない夢だった。

その人は多くの人に囲まれて、少し困ったような笑顔を浮かべている。
何かをみんなに望まれている。そういう人だ。
蛹になったその人に気づいているには自分だけで、おそらくその人が蛹から孵って、今までのその人ではないということを知るのも自分だけなのだろう。
そう思うと、硬くなったその人を誰にも見せたくなくて、そっと灯りを消した。

久しぶりに見た夢は少しだけ最後が違っていた。
「俺、独占欲強いんだ」
ほとんど顔も見えない大切な人の夢を見た朝は、やかりどこかしらやるせなさを感じる朝だった。