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殺し屋-【暗々裏】#青ブラ文学部

「さて…」
と私は依頼内容を確認する。
私の仕事の肩書きはいくつかあって、その中のひとつに「殺し屋」がある。
この仕事に関しては、何人かの関係者がいる。
組織というほど密ではない関係者たちは自分たちを含めてコントラクターと呼ばれている。
その中でも、私に殺しの仕事を持ってくるメッセンジャーと、一緒に実行してくれるKとは密かに運命共同体だと思っている。
私のところに仕事の依頼が来るまでに少しだけ複雑な流れがあり、逆に依頼を完遂した場合も報酬を受けるまで同じだけの段取りを踏む。
殺人は当然ながら暗々裏に行われる。
ただひとつだけ、「いつ実行されるか?」だけは総括責任者プロデューサーに伝える必要があった。
人なんてものはなんで死ぬかわからない。
我々演者(実際に殺しを行う者)は、場合によっては事故や自殺、あるいは病気で死んだかのように見せかけて殺す場合もある。本当の事故か?それとも我々の演出か?判断をつけやすくするために、殺しの日時(時間に関しては大体になるが)を伝えておく。
反対に我々演者に齎される情報にもルールがある。
我々にはターゲットに関することだけが伝えられる。
依頼人が誰かということは私たちには関係がない。
ただ、人違いで他人を殺すことのないよう、ターゲットがどういった人物か?ということだけを正しく知ることが大事だ。
どこに住んでいる誰なのか?所属する組織(会社だったり、学校だったり)、もちろん、顔や全身のわかるものも情報提供される。文字だけでは勘違いする場合もある。最近は写真ではなく動画で提供されることもある。
そして、「なぜ、その人物は死ななくてはならないのか?」の理由も演者には伝えられる。
我々演者は面白がって人を殺しているわけではない。少なくとも私とKは納得しない殺人はしない。
本人確認とともに殺される理由の裏取りを行う。
こちらもそれなりのリスクを背負って行う作業だ。慎重になって当然である。
そしてそれらの作業も暗々裏に行われる。
我々の組織を統べる責任者プロデューサーにはお目にかかったことはない。それが誰かを知る必要もないと思っている。ただ、噂だが、それはこの町の北側にある丘の上の、県の指定文化財になるほどの歴史を持つカトリック教会の神父…とされているが定かではない。
もしも本当に神父が殺しを采配しているのだったらどうだろう?
「ドラマっぽいじゃない?」Kは言う。
「如何にも、敬虔なる神父であってほしいねぇ」
Kは映画やドラマで主役を張ることもある俳優だ。
「小説にしたら?」
「いやだよ。ベタ過ぎる」
そして私は小説家だ。
私の書いた小説が映画化された際、主役を演じたのがKだった。
Kは普段はこの町に住んでいる。撮影の時だけ、東京や京都の撮影所、ロケ地に赴く。
「それで?今回は引き受けたの?」Kが問う。
「うん。まぁ」
「殺されても仕方ない、と」
「そうだね。いつ背中を刺されてもおかしくないタイプだった」
そう答えるとKは「多いね。そーゆーヤツ」と肩をすくめた。
私とKは背格好がよく似ている。
ふたり並ぶと確実に違うが、お互い顔が似ている、とよく言われる。
そしてKは、私の仕草や声を真似るのがとても上手かった。
また、年齢も近いし、普段でもたまに交流がある(と、Kがインタビューで語っている。でも言うほど会うことはない)。ふたりでいても不自然ではない。
これらを利用して私とKは人を殺す。
日本の警察は優秀で事件となると必死で犯人を捕まえる。
他の国に比べたら検挙率はとてもいい。
だけど、その死が他殺か否かの判断に関しては必ずしも正しい判断ができているとは限らない。
私は密かに、検死担当の医者も仲間ではないか?と思っている。それほど、我々が施した死が事件になることはなかった。
殺し方は至ってシンプルだ。
ターゲットの背中を(場合によっては正面に立って、その肩を)押すだけだ。
防犯カメラのない、ターゲットがそこにいても不自然ではなく、そして確実に死ねる場所で、トンと背中を押すだけだ。
ターゲットが死んだことを確認すると、メッセンジャーを通して完了の旨を報告する。
ターゲットの死体を誰かが発見して、その死が新聞に小さく載る。
それで全ては終わる。
ごく稀だが、ターゲットの死体を誰も発見しない場合がある。だからといって私やKが発見者になるのは不自然だ。

「殺し屋シリーズ、最新作。好評です」担当が画面の向こうで言う。
「テレビドラマもそろそろ情報解禁です。きっと盛り上がりますよ。ここまで暗々裏に進めてきた甲斐があるってものです」
「そう?」
「先生のご指名の季澤カオルさん、いいですね。彼のおかげで背中を押すだけという地味な殺し方でも画面的に地味にならないです」
「ひょっとしてそれは彼を褒めて、私を貶している?」
「いえいえ。とんでもない。先生のことも褒めているんですよ」
「ならいいけど。あんまり私を馬鹿にすると、ある日背中を押されちゃうかもよ?」
「気をつけます」
そう言って、担当は笑った。
少し言葉の足りないだけの男の背中など、私もKも押す気はない。
そんなことを思いながら私も笑ってみせたのだった。


前のに繋がってなくもない。