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動物園のない町で

半径100kmに動物園がない。
旅行先で動物園に行くかといえばそういうこともない。
中学生になって修学旅行で上野動物園に行くまで、パンダはもちろん、シマウマも見たことがなかった。

「自分も子どもの頃からずっとここだから似たようなもんですね」
会社の後輩が社食のカレーを食べながら言う。
「まぁ、あんまり動物好きじゃないし。問題を感じたことないですけどね」
「問題、というか、遊びに行く場所があんまりないよな」
「それはそうですね。遊園地もお子様向けで、デートに困りますね」
「ふうん」
「先輩は困りませんでした?」
A定食の生姜焼きをぱくつきながら後輩が言う。自分も同じA定食。B定食は今日はグラタンで、猫舌の自分は苦戦しそうだった。
結婚して1年。妻は看護師だ。大きな病院に勤務している。夜勤などもあるためお互いお弁当はなし。どちらの職場にもリーズナブルな社食があるから問題はない。でも、子どもができたらどうしようか?と考える。そもそも子どもを欲しいと今は思っていない。
「デートはどちらかの家だったからなぁ」
「ほら、そうでしょ?」
「でも、子どもが出来たら動物園とか連れて行きたくなるんじゃないかな?」
「自分が連れて行ってもらってないのに?」
後輩は辛辣だ。
「だからこそ連れていきたくなるんじゃないのかな?」
「そんなもんですかね?」
「そんなもんじゃない?」
と言ってはみたけど、多分、動物園には行かないんだろうなぁと思った。

テレビで野生動物のドキュメンタリーを見るのは嫌いじゃない。でも、可愛い動物のハプニング集みたいなものは見ない。他人のペット自慢に付き合うほど物好きではない。
妻も僕も子どもの頃は団地住まいでペットを飼ったことがないまま大人になった。
結婚をして家を持っても、ペットを飼いたいと思わないのは、お互い仕事が忙しいのもあるけれども、ペットのいない生活が当たり前だからだと思っている。
動物とはテレビ画面越しくらいの距離感でちょうどいい、そう思っている。

「シマウマを見た記憶がないのよね」
久しぶりの一緒の休みの日だった。
同じ町に生まれ育った同い年の妻がお昼の手作りピザを食べながら言った。
「今、担当の子がシマウマが好きって言うんだけど、シマウマ、ピンとこなくて。シマウマのシマってどうだったんだろう?って気になって、昨日帰る前にネットで調べちゃったんだけど、やっぱりピンとこないのよね、シマウマ」
妻は小児科病棟の担当だった。
「ねぇ、シマウマ、描ける?」
「見なきゃ描けないよ」
おそらく見てもうまく描けないだろうと思いながら答える。
「シマウマにピンと来なくても困らないし」
「まぁね。4歳の子の語るシマウマはシマシマで可愛いぐらいだし」
妻はレモネードでピザを飲み込んだ。レモネードも妻のお手製。いつの間にかレモンを漬け込んでいた。忙しいのになかなかマメだ。
「でもね」
妻が上目遣いでこっちを見る。
「相手が自分の子だったら、ピンとこないじゃ済まないんだろうなぁ…って」
そうかもしれない。
「子ども、欲しい?」
妻に訊ねた。
「あなたは?」
「うーん。まだもう少しふたりでいたいかな?」
妻はレモネードフフフと笑った。
「私も。子どもと一緒に行く前にふたりだけで動物園行ってからでもいいかな?って思ってる」
そう言ってまたフフフと笑った。
そうだなぁ。忙しさにかまけて新婚旅行にも行っていない。
ふたりでどこかに出掛けたい。
「じゃあ、暖かくなったらシマウマ見に行きますか?」
そう言うと、妻はいいとも悪いとも言わず、ただフフフと笑った。