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【53中立】#100のシリーズ

中立というのはどこにも属さないで、どことの主義主張にも加担しない。
それはそれで難しい立場だ。
どこにもいい顔も悪い顔もせずにだけど孤立するわけではない。
「来るもの拒まず去るもの追わず。的な?」
「拒まないけどウェルカムではないんだよね?」
「でもまぁ。諜報員の骨休めにはいい場所。ってことだね」
そう。だから、全世界の様々な立場の諜報員がここに集まる。
例え敵対関係であっても、ここにいる間は何もしない。
仲間であっても互いを気にせずのんびりと自分のことだけを考えて過ごすことができる。
自分たちが知り得た情報を交換し合うとかそういうことはもちろんない。
ここでは何もせず、ゆっくり羽を伸ばし、骨を休めるそんな場所だった。
どこかで見かけたことのある相手に遭遇しても、その相手のことを調べることもない。
業界の有名人に会っても、これまでの冒険譚を聞くこともない。(そこは聞いてみたいと思っているものも多い)
中立地帯にいる時は、利益不利益になる情報のやり取りはむしろ御法度なのだ。
ここ以外の場所で出会っていたら、互いに命の取り合いになるかもしれないような関係でも、目が合ったら会釈する程度ですれ違える。そんな場所だった。
引退した諜報員の多くが第二の人生をここで送ることも多い。
「もしもここがなくなったらどうしよう?」
中立という立場の難しさを知っているゆえ、ここを訪れる諜報員たちは心密かに同じ懸念を抱いている。
「できればここから出たくない」
そう思っている諜報員たちも多い。
そこがなぜ中立地帯となったのか?
その情報を知っている者は、そこに元から住んでいた人間だけ。
だけどそれは年々少なくなっていて、もうほとんどの人が、ここが何故中立地帯なのかわからない。
「わからない方がいい」
長老は言う。
理由などなくてもここが中立であり続ける世界を、長老は夢見て、信じている。


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