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【42 ゴーヤ】#100のシリーズ

妻が得体の知れないものを手にしている。
黄色い大きな実だということはわかる。
レモンイエローではなくオレンジに近い黄色で、表面にはぼこぼことした突起物が幾つもある。
はっきり言って気持ちが悪い。
「なんて顔してるの?これはゴーヤよ」妻が言う。
「ゴーヤ?新種の?」
「いいえ。完熟したゴーヤ」
教師をしている妻は出来の悪い生徒にでも言うような口調で言った。
妻がそれを持ったままキッチンに向かうのを見て、まさかそれを食べようというのか?と焦って跡を追った。
「何?」
滅多にキッチンに入らない自分を妻は片眉を上げて見上げた。
「それ。食べるの?」
「食べるわよ。もちろん」
そう言って妻は黄色いゴーヤに包丁を入れた。
半分に分かれたゴーヤの中から毒々しい赤い何かが出てきた。
「ひっ」
「食べる?」
赤い実を差し出す。実の周りにはゼリー状の何かが付いている。
「そこを食べるのかい?」
「ここも食べられるの」
妻は僕に差し出した赤い実を自分の口に運んだ。
「あら、ホントに甘いわ」
そう言って、まるでさくらんぼの種を出すように口から種を出した。
「甘い?」
「そうね。甘すぎない甘さ。食べてみる?」
「うーん…」
とためらっているうちに妻はサクサクと黄色い部分をスライスしていく。
「言われたとおりジャムにしようっと」
もう僕のことなどお構いなしに妻は作業に取り掛かった。
僕はすごすごとリビングに戻ると、やりかけの作業ー工具箱の整理を再開した。
キッチンから甘い匂いがしてきた。
中学で理科を教える妻は様々な果実のジャムやシロップを作るのを趣味にしている。
「料理は科学」という妻の料理はもちろん美味しいし、彼女が作るジャムやシロップを口にすると市販のものは食べられない。
さっきの怪しいゴーヤもおそらく美味しくなるのだろう。
妻が変身させる前のゴーヤも味わっておくべきだった、と今更ながら後悔した。