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フライパンを新しくする

「次のお葉書です」

今でもお葉書かぁ。
大抵メールだよなぁ。
メールでもないか?SNS経由みたいなのもあるよね。

「フライパンの替え時を悩んでいます。自分の母親は持つところが取れちゃうまで使っていましたが、最近、フライパンが焦げ付きやすくなって使いにくいんです。そういうのはフライパンの買い替え理由になりませんか?」

車の中では基本ラジオだけど、この時間のラジオは滅多に聴かない。
有給を取って午前中に免許の更新をして、以前から気になっていたランチ弁当のお店からお弁当を買って、車に乗り込んだ。
葉書を読んでいるのは自分がかつて深夜放送を聞いていた頃、毎週聞いていたアーティストだった。
あの頃は自分も若く、もちろん彼も若かった。
あの頃もこんな些細なお悩み葉書をを読んでいたような気がする。
「しょうもない、どうでもいい話のコーナー」そのままのタイトルだったような気がする。
あれから社会人になって、会社の先輩と結婚もして、2年で別れて、仕事も変わって。今は広告代理店でデザインの仕事をしている。
みんなの注目を集めていた新人アーティストの彼も、今ではすっかり誰もが知っている実力派アーティストだった。

「僕、昨日、フライパン買いました。ホント、昨日」
「卵焼き用の四角いフライパン」
「僕ね、卵焼きにこだわりあるんです」
「夜、お酒飲む時に、卵焼き焼くんです。あれ?卵焼き作るんです?卵、焼くんです?あれ?ともかく卵焼きを肴に飲むんです」

話し方とかあまり変わらないなぁ。
自分よりも少し年上だったよなぁ。
少し鼻声?

「厚焼き卵にするんです。その日の気分でいろいろ入れる。葱とかニラとか桜エビ干したのとか、海苔を細かくしたのとか、鰹節とか。この間、紅生姜入れたら美味しかった」
「でね。チーズを入れて焼いた時にフライパンのくたびれ具合がわかるんです。チーズのくっつき具合」
「テフロン加工だっけ?あれハゲちゃうとくっつくんでしょ?」

さすが独身貴族。よくご存知で。
そういえばうちの四角いのもそろそろ限界かもなぁ。
最近はあんまり卵焼いてない。うまく焼けないから焼かなくなった。
食卓に厚焼き卵、乗らないなぁ。
お弁当に卵焼きなくなっても寂しくなくなったのはいつだろう?

「チーズで気がつくけど、頑張る。チーズ以外の具を入れる。で、最後の砦は鰹節。鰹節入れたのがくっつくようになったら買い替えている」
「だって、こびりついたり、焦げちゃったりするのを取ろうとして頑張ると余計に剥がれちゃうんでしょ?」
「だから潔く買い替える。買い替えた。一昨日まで使ってたのは3年くらい使ってたかな?」
「え?何?フライパンの寿命は2年?加工がハゲちゃうの?そうなんだ。じゃあ2年分ぐらいのお値段のでいいね。お値段以上のとこで買ったから3年使えたのかな?」

帰り道、通りますよ、その店。
誰と話しているの?スタッフか誰か?
昔の深夜ラジオでも、放送作家とかミキシング担当とも話していたもんね。

「昨夜新しいフライパンで卵焼きましたよ。もちろんチーズを入れて。美味しかったなぁ」
「じゃあ、曲をかけますか?え?葉書の相談に答えてないって?キミ言ったじゃない。2年って。2年経って焼き具合悪かったら買い替えても誰も怒らないです。はい」
「じゃあ曲を…」

2年どころではなく使っているフライパンを思い出す。
自分のためだけに作るせいか、毎日が代わり映えしない料理でも気にしなくなっているなぁ。
お弁当も「ヘルシー」とか言いながらスープジャーに逃げてるような気がする。
曲は1番だけが流れCMに変わった。
あの角を曲がるとラジオの彼が言っていた店がある。

「炊飯器とフライパンの話で終わっちゃった。時間帯的には合ってたかな?明日はゲストさんみえるからお葉書はお休みです。ではまた」

話題、合ってました。
フライパン買って帰りますとも。
あ、卵も買って帰ろう。チーズも。
彼を真似て、今夜は厚焼き卵で飲むことにしよう。