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隙間

昼間の中心街をひとりで歩くなんてことは滅多にない。いや、初めてかもしれない。
普段気に留めないものが気になった。
「建物と建物の間の隙間って結構空いているんだな」
狭いけれども、奥まで人が歩けそう空間が割とある。
その隙間にプロパンガスのボンベとか、エアコンの室外機が置かれている。
人が歩けそうといっても、それらを設置するのは大変そうだ。
建物の側面の壁にはうねるような配管は何の配管なのだろう?
興味深い。でも誰かに訊いて答えを知ったら「なあんだ」で終わっちゃうんだろうな。
白い女の子が好きそうな店構えの建物。その横というか裏側の壁が真っ赤に塗られているとか。この隙間をいちいち覗き込まなければわからない。
「面白い」
隙間を見つけると、その都度覗き込む。
春休みとはいえ平日の中心街で、ただなんとなく、で歩いている人はほとんどいない。皆、目的を持ってそこにいるから、隙間をいちいち覗き込んでいる僕のことなど誰も気にしない。もしも気になったとしてもいちいち僕に話しかけてはこない。
何かのメーターの上におまじないか何かのように薬罐が置かれていた隙間もあった。
ちょっと頑張れば届きそうなところに野球のボールが落ちている隙間もあった。
少し広めの隙間。
簡単に中に入られないように柵があった。柵は僕の膝よりも少し高いぐらい。
両側の建物の壁にある配管ぐらいしかなく、今までは狭くてごちゃごちゃしていても向こう側に通じていたのに、右側の建物の奥にも別の建物があるのか、それとも建物がL字型なのか。
「ふうん」
と隙間の遠くから近くに視線を動かして気がついた。
看板が置いてある。割と新しい看板。「男性募集」と書いてある。文字は看板の下の方に、赤というより濃いピンク地に白で書かれてあり、看板の上には、目元を黒い四角で隠した女性の写真があった。
「なんだろ?」
ざっくりと「僕には関係ないもの」という感覚が湧いてきた。
13歳。声変わりもまだな僕は、応募できる「男性」ではないと思うし、たとえ、応募できる男性であっても、この募集には乗らない。
募集しておきながら、連絡先もないし、条件がちっともわからない。
「看板として失格」
そう言ってスクランブル交差点を渡った。

道路を渡っただけなのに、建物事情がてんで違う。
銀行とか企業のビルが多くて、建物と建物の隙間がすごく狭い。
覗き込んでも真っ暗なだけで何もわからない。
「つまらないの」
でもこんなに近くに別の建物を建てるってどうするんだろう?
建物を建てるには足場が必要だったりネットで囲んだりしなくてはならない。
「同時に建てたとか」
少なくとも僕よりこの建物たちは年上だ。
僕が生まれてからは郊外にばかり新しい建物ができている。
隣接することなくできるので、郊外のショッピングセンターや施設に行っても隙間を覗くことはできない。
いきなり、トタン壁で覆われている場所があった。
壁の奥には建物もなく、壁は両隣の建物ギリギリまであって隙間すらない。
そういえば、お祖母ちゃんが住んでる町の中心街は、どんどん建物がなくなって、なくなった後は駐車場になっている。
「歯抜け状態だよ」
お祖母ちゃんが寂しそうに笑ってた。
この町も「歯抜け」になってしまうのだろうか?
気分が少し俯いた。実際俯いて歩いてた。
ビルの隣に古いけど大きな店がある。
その店の前を曲がる。その面も隣に背の高いビルがある。ビルは背が高いけどあまり幅がない。銀色のビルはやっぱり僕より年上だけど、いつもピカピカしている。入ったことはないけれどもカッコいい建物だと思っている。そしてその隣には最近できたビジネスホテルがある。
銀色のビルとホテルの隙間に男の人が立っていた。男の人は上を、真上ではなく、ホテルの壁を見上げていた。
「わっ」
思わず声が出た。
男の人はこちらを見た。そしてにっこりと笑った。口角の上がった口は大きい。でも、なんだかカッコよく見えるのは男の人が背が高くて金髪だからなのだろうか?
男の人は長身に似合う長めのコートを着ていた。
「ごめんね。驚かせて」
少し鼻にかかった声で言った。
「いいえ、こちらこそ」と僕は言った。
「何をしてるか訊いていいですか?」
見ず知らずの人に何を言っているのだろう?と思った。普段の僕はどちらかというと人見知りの方だ。
「ダメって言ったら諦める?」
「あ・・・そうですね」
答えてくれると信じて訊いたのだ、と思って、思わず俯いた。
「うそうそ。教えてあげるよ」
男の人はこっちに近付きながら言った。
「カメラの設置ポイントをね、確認していた」
僕の隣に並んで言う。
背が高い。180cmはあると思う。お父さんが175cm。僕はまだ150cmだけど、お母さんも女性にしたら背が高いから大丈夫絶対大きくなれるよ、とみんなが言うけど、僕の周りにはその男の人より大きい人はいない。
「防犯カメラか何かですか?」と男の人を見上げて訊くと「ま、そんなとこかな?」と答えた。
「防犯カメラってあちこちについているんですか?」
テレビでよく聞くけど見たことはない。
「そうだね。コンビニとか信号機とかについてる。みんなが思っているより多いかもしれないけど、案外と映らない場所もまだまだ多い。例えばこんな隙間とかね」
男の人が退いた隙間はずっと向こうまで続いていて、向こう側に通り抜けられそうだった。
「防犯カメラ屋さんですか?」
男の人はきょとんとした顔で僕を見下ろした。ちょっとの間の後「アルバイトだけどね」と言って笑った。
「美大生してます」
カッコいい。声に出すのをグッと堪えた。
「そうそう。今度、仲間とグループ展するんでよかったら見に来てください」
コートの内側のポケットから展示会の案内の葉書を出した。
「こっちのビルね」
銀色のビルを指して言う。
「はい。絶対見に来ます」
「うん。ありがとね」
男の人はまたにっこり笑った。
「じゃあ、僕はこれで」
そう言うと男の人は僕が歩いてきた方に向かってあるきだした。
僕は男の人が古い店の角を曲がるまで見送った。
そしてもう一度隙間を覗くと、駅に向かうため歩き出した。