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そうだ。サンドイッチ作ろう。

今日は久しぶりに研究室に行く。
研究室のメンバーは皆元気だが(不健康そうなのもちらほら見かける)このご時世、しばらくはリモート状態で研究が進んでいる。
交代で研究室に出向き、後は自宅からのディスカッション参加だったり、レポートをまとめたり。することはいろいろある。
でも今日はかねてから予定していた実験が行われる。
実験には毎回ほぼ全員が携わるのだが、今回は普段は実験の場には立ち合わない宵月教授も来るとなって、密かに研究室のスタッフのテンションは爆上げ状態だった。
今回は光彩実験。開発中のレンズがどこまで人間の目と同じように捉えることができるのか?過ぎてもダメだし至らなくては意味がない。これまでの再三の実験から得たデータに基づき作ったレンズ。カメラ用ではない。人の目に入れるのが最終目標である。
まぁ、そんな実験(そんななどと言ってはいけない)はさておき(おざなりもいけない)、久々の全員集合にみんなが差し入れを持ち寄ることになった。
教授陣(所長の森川教授と宵月教授、去年から加わった坂下助教授)にも評判のいいサンドイッチを作ることにしよう。と決心したのは自分だけでなかったようで、それぞれが具の違うサンドイッチを作ることになった。
自分はたまごサンドイッチ。渡井はツナ、美希ちゃんはハムサンドを作ると言っていた。
たまごサンドイッチは、ゆで卵を潰した具と、厚焼き(そこまで厚くはない)と二種類作ろう。
手間暇かけて出来栄えはこれっぽっち…という料理をするのが好きだった。
コロッケはまさに自分のそういう嗜好にもぴったりだった。茹でて、潰して、味付けて、揚げて…片手で簡単に食べられる。
コロッケをあとは揚げるだけの状態で冷凍しておく。揚げたものをパンに挟んでソースをかけて食べるのも最高だった。今も冷凍庫にはコロッケが眠っている。
でも、今回はサンドイッチ。
実験の合間に食べるのはコロッケよりも断然サンドイッチの方が食べやすい。
自分はずっとゆで卵とマヨネーズ、少しのトマトケチャップを混ぜたものを挟んだものしか食べたことがなかった。
中学3年の時に家庭教師で来ていた美保野さんという大学生のおねえさんがある時サンドイッチを作ってきてくれた。
「いつもお夕飯をご馳走になっているので」
テストの近い土曜日の昼だったと思う。
美保野さんが作ってきたのはチーズとハムのサンドイッチとたまごのサンドイッチだった。
「厚焼きたまごなんですか?」
1cmくらいの厚さのたまご焼きの挟んであるサンドイッチは初めて見た。
「本当は、たまごがまだあったかいうちのが美味しいんだけどね」
そういうけれど、アルミに包まれたたまごサンドはまだほのかに温かかった。
美保野さんのご実家が喫茶店を営んでいて、これは実家の味だという。
ハムとチーズのサンドイッチにも、たまごのサンドイッチにも薄くマヨネーズが塗ってあるだけ。たまごのサンドイッチには歯応えを感じる程度の厚さのきゅうりも挟んであった。
どちらもシンプルだけどすごく美味しかった。
美保野さんのご実家のブレンドだというコーヒーもボトルに入れて持ってきてくれていた。
自分は初めてブラックコーヒーを飲んだ。
「美味しい」
「よかった」
美保野さんは嬉しそうに笑う。
「サンドイッチに合うというかサンドイッチが合うというか。とにかくこの組み合わせ最高です」
美保野さんは作り方を教えてくれた。ハムやチーズの商品名まで教えてくれた。それらはどれもスーパーで普通に売っているものだった。塗ってあるマヨネーズも有名メーカーの定番のものだった。
「たまごは焦がさないように焼くのがポイント」
美保野さんのレシピを勉強するよりも真剣にメモを取った。
全てはバランスだと美保野さんは言う。素材も量も「ちょうどいい」を見つけるまでが大変だと。
高校受験が終わると美保野さんの家庭教師も終了した。
寂しかったけど、美保野さんも春から社会人として美保野さんの実家のある町に帰っていった。
美保野さんとはそれっきりだったけど、定期的にコーヒー豆が送られてくる。まだまだご両親がお店を切り盛りしているという。
いつか美保野さんのお店に行くのが私の密かな野望である。
昨日、スーパーを3軒回って安売りの卵を3パック、30個買った。
サンドイッチ用のパンも、きゅうりも、そして一応マヨネーズも買い足しておいた。
「さて、と」
朝の4時半。
10個は昨夜のうちにゆで卵にした。あとは厚焼きたまごにしていく。厚焼きたまごは焼けて粗熱を取ったらすぐにパンに挟まないといけない。
7時半に家を出る。
その他の支度も考慮してのこの時間だが果たして間に合うか?
人に食べてもらうために料理をするのは本当に久しぶりだった。
「おし!」
気合いを入れてキッチンに立った。