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冬がきた

「地震とか火事が増えると『冬だなぁ』って思う」
「その物騒な季節感なんとかならない?」
「だってそうじゃない?」
「まぁ、そうだけど」
「ほとんど建物の中にいると季節感なんて何で味わえばいいのかわかんないよ。でも、地震は感じるし、消防車のサイレンは聞こえてくる」
「まぁ、そうだけど。もう少し情緒があるヤツとかはない?」
「そういうおまえは?」
「ここの炬燵のスイッチが入ると冬だなぁって思う」
「単純だなぁ。でも俺、10月ぐらいからこっそりスイッチ入れてるときある」
「え?」
「気がつかなかった?」
「うん」
「真夜中に白鳥の声がするんだ」
「え?」
「冬の使者。情緒あるだろう?」
「まぁ、そうだな」
「さっきから、そればっかりだ」
「そう?」
「うん。夜中にひとりで起きてると、白鳥の声が聞こえるんだ。慌てて窓の外を見ても、白鳥の姿は夜空に紛れて見たことないけど」
「うん」
「真夜中に聞く白鳥の声って、古いブランコの音に似てるんだよ」
「古いブランコ?」
「おまえどっちも聞いたことないんだ」
「うん。どちらも聞いたことない。お前はどこで聞いたんだ?白鳥はここには渡って来ないだろう?」
「白鳥は、別荘。もちろん祖父の」
「あぁ、桁違いのお金持ちのお祖父様。どこの別荘?」
「北の方」
「ざっくりだなぁ。でもさ、冬に北に行くってどうよ?」
「人って落ち込むと北に行きたくなるってセオリーにそって行ってみたんだ。高校の頃」
「夜中にどこかで誰かがブランコを漕いでいるような音が聞こえたんだ。気になっていたら、寝てたはずの祖父が、どうかしたのか?」

『どうした?眠れないのか?』
『ブランコの音が聞こえる。敷地内にブランコなんてないよね?』
『ブランコ?』
『ん?』
『ほら』
『あぁ、これは…白鳥だ』

「祖父に言われて窓の外を見たら、ぼんやりとだけど白い鳥が三羽飛んでいたんだ」
「ブランコの音に似てるんだ」
「白鳥の鳴き声は割と高めで響くんだ。それがブランコの揺れる音にも似ていて、どのブランコも同じ音を出すわけではないけどね。昔、ホントに子どもの頃いろいろあって家にいたくない時に、誰もいない公園に行ってブランコに乗ってたんだ。みんなが家に帰る頃に自分は公園に行ってブランコに座る。古いブランコでね。揺れるとキィキィ鳴るんだ」
「うん」
「おまえ、ホントそればっかりだな」
「うん」
「キィキィという音がすることで、自分が本当にひとりぼっちのような気もするし、逆にそこにはブランコがある、ブランコをこいでいる自分がそこにいる証拠のようにも思えたんだ」
「つまり、白鳥の声もブランコの音も寂しい音なんだな」
「うん。そうだな。白鳥の声はなんだか少し寂しそうだった。空を行きながら白鳥はなぜ鳴くんだろう。一緒に飛んでいる仲間に向けて鳴いているのか、どこかにいる仲間に向けての声なのか」
「ひとりで乗るブランコもね」
「まあ・・・」
「何か嫌なことあったらさ、ひとりでブランコに乗るよりも炬燵で丸くなっていた方がずっといいよ」
「そうだな」
「でもさ、俺も一度白鳥の声が聞いてみたいな」
「寒いのに北に行くのか?」
「うーん、やっぱりこうして炬燵で丸くなっているのがいいかな」
「そうだよ。こうして炬燵に入って、しょうもない話をしているのがいいよ」
「うん」

冬がきた。