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【57ポーカー】#100のシリーズ

土曜の夜。友人の豊洲の店で酒を飲む。
店の奥では豊洲の娘さんがタロットカードで占いをしている。
カードをきる音がかすかに聞こえる。
カードの音を聞きながらふと、納谷さんを思い出す。
納谷さんのおかげで僕はすっかり勘違いをしていた。
「何を?」豊洲が問う。
「ポーカーフェイス」
豊洲は何か察したようで「あぁ」と頷きながら笑った。
「懐かしいな」
納谷さんは父の友人だった。
毎週土曜の夜は、納谷さんを含む父の友人らが我が家に集まり、麻雀やトランプゲームに興じた。
大人たちがそんな感じで集まるものだから、何となく僕の友人たちも土曜の夜は家に集まり、一晩過ごす。豊洲もその中のひとりだった。子どもらはいつもより少し遅い時間まで遊ぶと自然に眠くなり布団が敷かれた部屋に自然に向かい、好き勝手に寝た。家は古い家で、部屋だけはいくつもあった。
やがて中学生ぐらいになると僕の友人らも大人と一緒に麻雀やトランプなどの好きなゲームに参加するようになった。
納谷さんは麻雀もトランプゲームも強かった。
特にポーカーはイカサマをしているのではないか?と思うほど強かった。
あんまり強いので、配り終わったカードを交換したりもしたほどだ。
「納谷さんのあのニヤリ顔」
「そう、カードを開示するときのあの顔」
今でもありありと思い出す。
あの顔が自分の中では「ポーカーフェイス」だった。
配られたカードを見た瞬間の顔も忘れられない。
「あれはなんて表現したらいいんだろうねぇ」豊洲が顎を撫でる。
最終的には誰もポーカーで納谷さんには敵わないのだ。
それでも誰もが今宵こそは勝ってみせる。そう思いたくなる納谷さん。
自分たちが進学や就職で町を出ても大人たちは毎週土曜日には集まっていたらしい。
「おまえの親父さんが亡くなったら、集まる場所なくなって土曜クラブはおしまいになったんだよな」
「納谷さんもいなくなったからね」
そう。納谷さんは、父の葬儀の数日後、町から姿を消したという。
父の友人らも納谷さんがどこに行ったのかわからないという。
葬儀で戻った自分に納谷さんは何も言わず、ただ肩にポンと手を当てた。
ハッとして納谷さんの顔を見ると、それまで見たことがない顔をしていた。
少しだけ、配り終わったカードを見る時にも似ていたが、とても複雑な、無理矢理笑っているようにも見えた。
「俺にとっては納谷さんはカードを開示する時のあの顔だなぁ」豊洲が言う。
とうに当時の父親たちの歳を超えた。
土曜の夜は、こうして豊洲の店に来る。
「トランプならあるよ。ポーカーでもするか?」豊洲が言う。
「ふたりで?」
「できなくはない」
豊洲はトランプカードを箱から出した。