見出し画像

骨の記憶

ある日秘密基地に行くと骨があった。
僕たちは誰がそれを拾いあげるかで一悶着した。
そのうち誰かが「親に言おう」と言い出した。
警察まで来る騒ぎになった。
「あれってさ、犬の骨だったんだよね」
久しぶりに実家に戻った時に兄貴が言った。
「そうだったっけ?」
「大型犬の大腿骨って聞いた」
「そうだったっけ?」
素っ気ない返事を返しながら、僕は半分土に埋まっていたあの骨を思い出していた。小学2年の夏休みだった。
確かにあれは秋田犬の骨で、自分たちが誰のものでもない森だと思っていた土地の持ち主が飼っていた犬が亡くなり、自分たちが秘密基地としていたクスノキの巨木の下に何年も前に埋葬したものだった。
たったそれだけのことなのに、自分はそれを思い出すとどこか後ろめたい気持ちになる。自分が埋めた骨でもないし、自分がその犬を殺したわけでもない。それでも、こんなふうに天気の良い夏の日は、あの日のことを思い出してはため息をつく。
3歳上の兄は今、学芸員をしている。兄が勤めている自然博物館には様々な生き物の骨があるらしい。らしいというのは、僕は兄の勤める自然博物館には行ったことがない。もともと古生物に興味のあった兄がアメリカの大学まで行き化石の発掘をし、そしてそのままアメリカの自然博物館に勤務するようになっていた。
自分の久しぶり以上に、本当に久しぶりに兄貴が実家にきた理由は祖父の葬式である。
天寿を全うし、老衰で亡くなった祖父の死に対して、皆、悲しむこともなく、むしろ、長いこと病気で寝たきりになることもなく、ボケて自分が誰かわからなくなることもなく「元気に」この世を去った祖父に対し、誰もが賛辞を送る。そんな葬式だった。
火葬を終えた祖父の骨を思い出す。
亡くなる前日まで日課の庭仕事をしていた祖父の骨は、同年代のそれよりもしっかり残っていると誰かが言った。
拾い上げた祖父の骨は軽く、白かった。
そしてあの日に見た骨を思い出す。薄汚れた重そうな骨。
日頃から骨を見ている兄はどうだろう?ふと気になった。
「火葬された骨はあんまり見ることないんだよ」
いやそうではなくて…と言いかけた時「思い出すよ。時々、ふとね」と兄が言った。
「何かのはずみで思い出すんだ。骨を見るたびではないけど。化石を見つけた時も思い出したけど、今はそれとはまた違うんだ」
兄は言葉を続けた。
「多分、自分にとっての冒険の始まりだったんだろうね。あの骨を見たときのドキリとした気持ち。それが何かを知りたいと思う気持ちと漠然とした恐怖。非日常とでも言うのかな?何故そこに骨があるのか?ってね。そして、その正体を知った時の安心感。でもその反面、自分たちの日常とあの非日常的な出来事は地続きだったんだなぁと、どこかがっかりとした気持ち。それらをみんな思い出すんだ」
あぁ、そうか。
犬の骨という正体に対する安堵と共に「つまんない」と思った自分を、ずっと恥じていたのだ。
兄にふとそれを告げた。
「おまえはいい奴だな」
今では背もほとんど変わらない兄が、ポンポンと肩を叩いた。子どもの頃から「大丈夫」と言いながら肩を叩いてくれた。
あの骨を見つけた時も「大丈夫」と言って、しがみつく自分の肩を叩いてくれた。
あの夏の日の重苦しい呪いがカタリと音を立てて落ちていった。