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鳥が鳴き始めたら朝だと昔誰かが言った。
「なるほど夏の朝は早いな」
時計は4時少し前。
ここからは外の様子は見えいないが、音だけは聞こえてくる。
四人部屋の病室。
自分は入り口近くのベッド。
カーテンで仕切られた中に窓はない。
一昨日、手術をした。
首に奇妙なしこりができて「いいものか悪いものか。とって調べてみましょう」となった。
しこり自体は痛くはない。
ただ、少し大きくなったところで、しこりのあるあたりの皮がつっぱって痛いような気がしただけだ。
「甲状腺の近くにふたつ。ピンポン玉の大きさの腫瘍がありました」
腫瘍と聞くと少しビビる。しかもピンポン玉の大きさというのは思ったよりも大きい。
「検査して、悪いものでなかればこれで治療はおしまいです」
手術を終えて麻酔が覚めた自分に医師は説明した。
「とりあえず、結果が出るまで、リハビリですね」
「リハビリ?」
医師の言葉を繰り返す声はいつもの声と変わらない。
喉は切っていないのだという。話すことも食べることも何ら以前と変わらない。
ただ、傷があることでビビって首を動かさないでいると奇妙にくっついてしまうから、首を動かすようにしろ、と医師は言う。
「首を動かすリハビリです」
それは手術の翌日から始まった。
逆に言えば、それしかすることはない。
午前中30分。リハビリ室で首の回し方の指導を受け、回診の医師とやり取りをする。
昼間の方が夜より眠れるような気もするほどよく眠れた。
午前中の回診が終わるとすぐ昼食で、見舞い制限されている現状、午後は本当に何もない。
あとはただぼんやりと過ごすだけだった。
それでも夜も消灯の後すぐ眠れた。
「まぁ、朝が早いのは俺だけではないようだ」
鳥の声と廊下を歩く足音。
眠れないと気にする必要もないせいか、それらの音に耳を澄ます。
ふと気がつく。
鳥の声も廊下から聞こえてくるような気がした。
「なんだ…」
環境音か。と落胆した。
朝早くから、いや、夜通し働いている職員のためにでも流しているのだろう。
鳥の声に心が動いた自分に舌打ちをした。
「今日はなんだかいつもより賑やかね」
廊下で誰かが話している。
「もう夏鳥の声だね」そう答えた声に聞き覚えがあった。
担当医だった。まだ若い。研修医ではないが若い外科医だ。
「ここは敷地内に結構木があるし、通り向こうの神社に池があるから、鳥も集まるんだろう?」
「池?」
「知らない?割と大きい池があるよ。今頃は水蓮が咲いている」
「知りませんでした」
自分も知らなかった。
「そう?」
担当医は言った。
「さて。ひと眠りするっかな。キミも休むといいよ。お疲れ様」
足音が二方向に分かれていった。
朝が来て眠りにつく人もいるのだ。
そう思ったら欠伸が出た。
自分も予定ではあと5日。誰にも遠慮することなく眠れる日々が続く。
朝の気配を感じながら再び眠る贅沢を今は味わうことにした。