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【60 真昼の決闘】#100のシリーズ

なんてことはないしりとりだった。
渋滞にハマり、車の中の4人の誰が始めたのかも覚えていない。
早朝に出たのに昼近くなっても目的地に着く気配はない。
今日中にホテルにチェックインできればいいし、そもそも渋滞は想定内だった。
毎日のように会っている仲間なので会話のネタがなく、だからといって無言でいるのも苦痛だったのかもしれない。
なんだかわからないが「う」と「ま」の繰り返しになった。
アキタが「乳母車」と言った。
それに対してマツヤマが「死語」と笑った。
「今はベビーカー?」とイシカワが言いながらも「真昼の決闘」と続けた。
アキタが「何それ?」と言った。
イシカワが「映画のタイトル」と言った。
「え?俺知らない。ホントにあるの?」アキタが言う。
「あるよ。昔の西部劇」と俺は答えた。
「へぇ」アキタとマツヤマがハモった。
「ほら」助手席のイシカワがスマホの画面を後ろのふたりに向けた。
「ホントだ」
「じゃあ次」
アキタとマツヤマが次を急かす。
俺は「姥捨山」と答えた。
「これまた渋いねぇ」イシカワが茶化す。
なんの渋滞かわからないが、車はちっとも進まない。
そういえば、昔、じいちゃんの部屋にあったビデオの中に「真昼の決闘」という背ラベルを見たことがあった、と思い出す。
DVDはすでに普及していた。
だけどじいちゃんは頑なにVHS。しかも、テレビ放送を録画して見ていた。
時折じいちゃんの部屋で一緒に見ることはあったが「真昼の決闘」は見たことがないまま終わった。
「真昼の決闘」は少し癖のあるじいちゃんの手描き文字で書いてあった。
だから余程昔に録画したものだ。
じいちゃんのコレクションの中でも新しいものはラベルプリンタで出力されたものが貼ってあった。
じいちゃんの部屋に行くと、タイミングよければ「何が見たい?」と俺のリクエストを訊ねてくれる。
そういう時は昔の特撮映画をねだったものだ。
すでに再生が始まっていたらおとなしく一緒に見るが、大抵は途中で寝てしまう。
ひょっとしてその眠ってしまったものの中に「真昼の決闘」はあったかもしれない。
「いや」
記憶が正しければ「真昼の決闘」はいつも同じ場所にあった。
VHSビデオが収められていた収納棚の上から2段目の一番右端。
その他のものは新しいビデオが増えると少し置き場所が変わることがあった。
だけど、「真昼の決闘」はいつも同じ場所だった。
「あれは本当に真昼の決闘だったんだろうか?」
今更のことなのに考える。
じいちゃんが死んだ後、VHSのほとんどはじいちゃんの弟である清四郎おじさんが持っていった。
その清四郎おじさんも亡くなったあと、あのVHSはおそらく処分されただろう。
おじさんの死後、おじさんの家はなくなり、今では見知らぬ人の家になっている。
「おい。『う』だよ。『う』」
イシカワが小突く。
「また『う』かよ」
と言うとイシカワが舌打ちをする。
聞いていなかったのがバレたが、運転している分大目に見てもらえたようだ。
「えっと。ウチダユウマ」
「声優の?」
「あ?うん」
本当は中学の時の同級生の名前だ。
「また『ま』かよ」
マツヤマが盛大な溜息をつく。
それに笑いながら、いつか「真昼の決闘」を見たいなと思った。
それとも今見ないと見ないで終わるかもしれない。とも思った。
見ても見なくてもあまり変わらないのかもしれない。
多分そうだろう。
ようやく、前の車が動き出した。