【49 アニメ】#100のシリーズ
「全部捨てちゃっていいよ」
弟はそう言って家を出て行った。
結婚をしたのだ。
新居を構え、新しい生活を始める。
いいことじゃないか。と私は思う。
「相手が男じゃ素直に喜べないわ」と母は言う。
「孫だって期待できないじゃない」
「わからないわよ」
同性婚が認められて5年。養子制度もいろいろ変わり、同性同士でも子どもを得ることは可能だ。自分たちの遺伝子を持った子どもが良いとなれば、それなりの制度を使って子どもを得ることができる。
「せめてもの救いはあんたが董哉さんと結婚していることくらいかしらねぇ」
異性婚の場合も養子縁組は同性婚と同じ条件でできる。
出生数は依然として減る一方の中、子どもを産んだからといって育てられる大人は以前に比べて少なくなった。
産んですぐに施設に預けるというのはいい方で、育てようとして育てきれなく結局子殺しというパターンが一時期だいぶ増えた。
養子縁組をしないまま身内が引き取り育てているケースも多く発生し、制度的にいろいろ不都合が生じ、今の状態になった。
子どもを産むことの適性もあるが、育てることにも適性はある。
「適材適所」
当時の首相がそう言ったのをマスコミは叩いたが、私はそうは思わなかった。
捨てちゃっていいものの中に、弟の小学生時代からの教科書があった。
「持ってたんだ」
と逆に驚いた。
五年生の国語の教科書を手に取った。
自分と3歳違いの弟の教科書は出版社は同じでも全く同じものではなかった。
ペラペラとめくる。
「あ!」
ページの隅に絵が描いてある。猫だ。
おそらくと思い、勢いをつけてページをめくる。
ページの隅の猫が欠伸をして背伸びをした。
よく見ると四隅全てと、左右の端にも描かれてある。
「こんな昔からアニメ作ってたんだ」
弟がアニメを見るだけでなく作るのに夢中になっていたのは高校生の頃だと思っていた。
現在の弟のパートナーであるアニメーションディレクターの作品を漁るように見始め、模倣し、とにかく作品作りに夢中になっていた。大学には進まず、映像の専門学校に通いながら、アニメーション制作会社で雑用のアルバイトをしている…と思っていた。
ある日、アニメーション映画のBlu-rayを持って来た。
プレーヤーで再生してふたりで見た。
私もアニメは嫌いではない。
弟の持ってきた作品は海外での映画祭向けに作られた、少し実験的な作品で、アニメファンの間では話題になった作品だった。
1時間ちょっとの作品。エンドロールを見ていたら、いきなり弟が一時停止をかけた。
「ほら、ここ。名前」
少し興奮しているのか日本語が片言になっている。
「ほら。俺の名前」
「あら。ホント」
「専門学校終わったら、榊原さんのスタジオに勤めるから」
「勝手に決めて」
「榊原さんがぜひって」
「ホントに?」
「うん」
本当に嬉しいのだろう。最高の笑顔を見せていた。
本当に弟はアニメーション制作が好きなのだ。そう思っていた。
でもそれだけではなかったのかもしれない。そう思ったのは随分あとだ。
弟のことはいつもそうだ。
わかっているつもりでも半分もわかっていない。
女の子と話をするのを苦手としているのはわかっていた。
それは恥ずかしがり屋だからだと思っていた。
「まさか永久就職とはね」
「姉貴も古い言葉知ってるね」
その憧れのアニメーションディレクターとプライベートでも一緒になる話を聞いて驚かないわけがなかった。
「つーか。永久就職であってほしいわ。母さんたちの反対を押し切っての結婚なのだから」
父も反対しているだろうが、「好きにしろ」と言ったきり何も言わなかった。
母は驚いて、呆れてを繰り返していたが、先方に「息子さんのこれからを僕に預けてください」と頭を下げられ、「ふたりとも幸せになってね」と言った。
それから今日まではあっという間だった。
特にセレモニーを行うこともない。
入籍手続きを済ませたあとは、スタジオの一室で寝泊まりしていた榊原さんが新居となるマンションを購入して、引越しを完了させた。
国語の教科書を置いて、他の教科書を見てみると、どの教科書にもアニメーションになる落書きはなかった。
「なるほどね」
残されていた教科書はどれも薄いものだった。
「じゃあ、これは?」
と国語の教科書を手にすると同時に弟から連絡が入った。
「小5の時の国語の教科書、ひょっとしてある?」
あるという返事の代わりに写真を送った。
「後で撮りに行くからそれは捨てないで」
「了解」
もう一度、教科書のページを捲ってみる。
猫は大きく欠伸をして、うんと背伸びをした。
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