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1991

「1991年はSMAPがCDデビューした年です。終わり」
「真面目にやれよ」
「真面目よ。私にとっての1991年はそれに尽きる。高校3年よ?」
水穂がソーダ水をストローでかき混ぜる。
「いや、マジ、記憶ない」
事務所の冷蔵庫には水穂のためにソーダ水が常備されている。
「ちょうど、彼氏と別れてひとりだったんだよね。だから、特にこれといってイベントしてないから印象ないわ」
自分は黙ったまま熱いコーヒーを飲む。
別れた妻に「彼氏と別れて」なんて言われてもリアクションの取りようがない。
1990年代。世界中に「世紀末」という言葉が蔓延っていた。
来るべき21世紀はずっと未来のもので、1999年にやってくると言われている恐怖の大王によって永遠に拝むことができないかもしれない…などと、僕も思っていた。
バブル崩壊といわれたのもこの頃からだったが、自分たちにその崩壊ぶりが伝わるまで、まだ少し時間がかかった1991年。
妻とは5年前に別居して3年前に離婚した。
それでもビジネスパートナーの関係は解消していない。
子どもたちは自分たちの都合で、あっちとこっちを行ったり来たりしている。

2019年。年の瀬の声も聞こえてくる。
1991年に開業したクライアントからの依頼で、1991年を回顧することになったが、1991年の記憶がぽっかりと抜けている。いや1991年に限ったことではないけれど。
1995年には神戸の地震があった。
そこを基準に考えても、1994年の10.8最終決戦で巨人が勝ったこととか、1996年に目の前の彼女と出会ったこと。1998年に結婚。あぁ、そういえば1994年は大学卒業の年でもあった。
でも1991年はなんだっけ?
1991年はアルバイトに明け暮れていて、あぁ、それも1991年に限った話ではない。1980年代は小学、中学、高校とその年毎にいろいろ話せるのに。
「大学時代の記憶がないんだよなぁ」
「私は1991年はまだ女子高校生だったんだけど…うん。高3かぁ。SMAPしか覚えてない」
彼女はいまだに筋金入りのSMAPファンだ。SMAPも解散したというのに。彼女に語らせると、SMAPがリリースした楽曲の歴史になってしまいそうだった。
「ソビエト崩壊、湾岸戦争もこの年だったのね」
スマホで検索していた彼女が驚いたように声を上げた。
「受験生だったから、ほとんどテレビ見てなかったのよね」
「でもSMAPは見てたんだ」
「そうよ。悪い?」
「いいえ」
「でも、SMAPのCDデビューは9月9日なのよ。テレビの露出も1991年はあまりなかったの」
だからあんまりテレビは見てないのだと彼女は言う。テレビがまだメインの情報源だった頃だ。
自分も彼女に倣ってスマホで検索をした。
「ターミネーター2かぁ、懐かしいな。え?羊たちの沈黙って1991年だったんだ」
思い出した。
自分にとって1991年最大の事件。
すっかり忘れていたわけではない。ただそれが起きたことが1991年だと覚えていなかっただけなのだが。

夏休みに入る少し前だった。あの頃はまだ携帯電話が今ほど普及していなかった。バイト仲間が無断で休んだ。家に電話を掛けても「昼から出ています」と彼の母親が言う。他に連絡手段もなく、仕方がなく、彼のシフトの時間にも自分が入ることになった。本屋でのアルバイトだった。土日に入荷は少ないが、代わりに、品出しはいつもよりも多い。
今よりもまだ立ち読みも自由だった時代。品出しと万引きのチェックで忙しい土曜の夜だった。
6階建ての商業施設の4階に結構広めで売り場はあった。
売り場の奥には立体駐車場に通じる通路があり、立体駐車場を挟んだ向こうに別の商業施設があった。その一階に映画館があった。
その頃はシネコンではなく、席も入替制ではなかった。2本立てもあったり、土曜日はオールナイト上映だった。
その日も映画を見て帰ろうと思っていた。「羊たちの沈黙」を見ようと思っていた。
本当はもっと早い時間帯のにするつもりだったが、どうせオールナイトのつもりだったので、バイトのあと1階のハンバーガーショップで腹ごしらえをしたあと、駐車場を通って、隣の建物に向かった。
映画館は今思うとあまり大きいものではなかったかもしれない。
受付は愛想のいい年輩の女性と、無愛想までいかないが笑顔を安売りすることない若い女性のふたりが交互に座っていた。
チケットを買う前に、施設内のトイレで用を済ませておこうと思った。
男女のトイレはそれぞれ通路を挟んで向かい側に、だけど入り口は少しずれてあった。男子トイレが手前にあったが、何やら女子トイレの前で数人が立って話している。
「あのう」
トイレに入ろうとした僕に声を掛けたのは映画館の受付の若い女性だった。
「すみません。ひとつお願いがあるのですが」
アクリル板越しではない女性はいつもと印象が違った。
「女子トイレなんですが、ずーっと出てこない人がいるんです。上から様子を見てほしいのですが」
「え?それは、ちょっと。え?」
「私たちが証人になります。何か起きても私たちが頼んだことだと説明します」
他の女性もこちらを見て頷く。
みんなそれぞれ制服っぽい服装だった。どこかのテナントさんの店員さんたちなのだろう。
「いつから出てこないんです?」
と訊くと、女性らはボソボソと何やら話して「最初に気がついたには3時頃なんです」と言った。
何回来ても一番手前の個室に鍵が掛かっている。一番手前の個室は最近洋式トイレに交換したばかりだということも教えてくれた。
仕方なしに僕は女子トイレに入ると掃除用具置き場から台になりそうなものはないか探し、モップ絞り器に水を溜めた。
青い制服の女性が「抑えます」と言ってくれた。受付の女性も一緒にモップ絞り器を支えてくれた。僕はそれに足を掛け、続いてドアノブに足を掛け、一気にドアの上に両手を掛けて中を覗き込んだ。
「え?」
人間、本当に驚くと声が出ないものだ。
洋式の便座に男が座っていた。
こちらがこれだけ音を立てているのに顔を見上げることもなく、首を項垂れたまま座っている。
「どうしました?」
受付の女性の声がした。
「人がいます。男の人が」
腕が限界だったので、ふたりにモップ絞り器をどかしてもらって、飛び降りた。
これだけ騒いでも動かないことを告げると、入口近くにいた黒いエプロンをつけていた女性が「人を呼んできます」と言って走って行く。
そのあとはもう映画どころではなかった。
警察官と救急隊員が来て、ドアノブを壊して、個室を開ける。
男の人は死んでいた。
腹にナイフが刺さっていた。
三人は詳しく話を聞きたいと言われ、それぞれが家に連絡したいと、電話を掛けに行っている間、警察官が僕にもう一度状況を説明してほしいと言った。
トイレ付近に立ち入り禁止のテープが張られ、その向こう側に人が集まっていた。
その日は映画を見ることもなく帰るハメになった。
結局、警察に指紋を取られて、自分の事件の関わりは終わる。
被害者の名前を聞かされたが今はもう覚えていない。
自分が覚えている範囲では犯人も捕まっていない。
「羊たちの沈黙」は上映期間終了間際にようやく見ることができた。
夏休みになっていたので、平日の昼間、ほとんど客のいない状況でアイスコーヒーを飲みながら見たのを覚えている。エンドロールが流れる中、最後に残っていたひと口を飲んだ。アイスコーヒーは最後には氷も溶けて、何を飲んでいるのかわからない味になっていたのがひどく印象に残っている。まるで昨日飲んだかのように覚えている。
その時受付にいたのは年配の女性の方だった。
おそらくだけど、その後、あの時自分に声を掛けた女性には映画館の受付で会うことはなかったような気がする。随分後になって、一度だけ、総合病院の駐車場ですれ違った。あの人だ、と思った。車椅子を押していた。車椅子にはちんまりとしたおばあさんが座っていて、ふたりはにこやかに何かを話していた。
土曜日に休んだバイト仲間は、翌日の日曜日のバイトに出てきたけれども、その日を最後に辞めたというのを、火曜日の夜のシフトに入った時に聞いた。
日曜日はもともと休みだったし、月曜日は警察に行かなくてはならず休みをもらった。
そのバイト仲間とはそれ以降会うことはなかった。
電話番号を知っていたのに、自分からかけることもなかった。相手からも電話がかかってくることもなく、それきりになった。

「初めて聞いたわ」
そうかもしれない。多分、事件当時にバイト先で警察に行った理由を訊かれたとき以外、誰にも話していないと思う。
「解決してないの?」
「多分」
「あ、でも時効廃止になったわよね」
「2010年にね。だから1995年よりも前の事件の時効は有効なはずだよ」
映画館も21世紀を迎える前に商業施設の建て直しに伴い姿を消した。
自分がアルバイトをしていた本屋も郊外のショッピングセンターに移転した。
本屋が入っていたフロアは今はフィットネスジムになっている。
「随分遠いわね、1991年」水穂が言った。
ソーダ水はすっかりなくなっていた。
ひと口分にも満たないコーヒーを飲み干した。
氷は溶けていないはずなのに、最後のひと口は何かわからない奇妙な味のように思えた。