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MIDORI#色のある風景

今まで進めてきた企画が、向こうの都合で中止になった。
「代替のものを考えていただきたい」簡単に言う。
こちらは「わかりました」と言うしかなかった。
会社に戻って、それまでの資料を、綴じていたイメージカラーのオレンジのファイルごとゴミ箱に投げ込んだ。
それを見ていた上司が「気持ちはわかるよ」と言った。
「今日一日は怒っていいから、明日には気持ちを切り替えてくれよ」と言った。
定時になると上司が「今日はもう帰ろう」と言った。
代替のイベントの選択肢は限られている。
予算はあっても準備日数が足りない状況だった。
どの選択肢も今まで進めてきたものに比べてつまらないもの・・・・・・・という感じがして身が入らない。
隣の部屋のデザイン課にも「急ぎがなかったら、今日は上がろう」と上司は声をかけ、結局、みんなで定時上がりとなった。

久しぶり早い時間に帰る。
さっさと帰って家で休むのもいいかもしれない。
だけど今ひとりになったらいろいろ考えてしまいそうだった。
馴染みのセレクトショップに立ち寄った。
「今日は早いんですね」バイトの今永くんが言う。
「たまにはね」
そう言って、店内を見て回った。
店内のBGMと共に店の奥から店長の飼っている犬の声が聞こえる。
「新色入りましたよ」
今永くんが言ったのはマニキュアだった。
「店長チョイスだから偏ったラインナップです」
セレクトショップは、まさに店長が気に入ったものを集められている。流行も何も関係ない。
「今年は緑!」
流行の情報には敏感かつ詳しい業界で仕事をしている者としては、店長の自由な「今年の推し」は少し羨ましかった。
ディスプレイの緑色たちに思わず声が漏れた。
緑は目に優しいとはいうが、中にはなかなか強烈な緑もある。
さっきゴミ箱に入れてきたオレンジ色と対極にある緑を手に取った。
「なかなか毒々しい緑ですよね」
「メロンソーダみたい」
と言えば今永くんは「そうだそうだ」と嬉しそうに言った。
「これにするわ」
「チャレンジャーですね」
今永くんは笑った。
家に帰って、早速緑のマニキュアを塗った。
「悪い魔女みたい」
今永くんがいたら「言えてる!」と言って笑うだろう。
風呂の沸いたのを知らせるメロディが流れた。
一本ずつマニキュアを丁寧に落とした頃、気持ちがだいぶ軽くなっていた。