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【58春告げ鳥】#100のシリーズ

「おやおや。随分と懐かしい名前で呼ばれたものだ」
老女はこちらを向くと歯のない口で笑った。
情報が確かなら目の前にいる春告げ鳥は120歳を迎えているはずだ。
120歳などと聞くとそんな馬鹿なと思う。見た目は精々80程度だ。
「はん。婆ァになって80も100もあるもんかい」
老女はそう言って湯呑みに白湯を注ぐ。
「まぁ、こんな辺鄙なところまでよくきたよ。それだけは褒めてあげよう」
かつて皇帝に愛された寵姫・春告げ鳥。そのひと鳴きが今も続く大戦を引き起こしたとも言われる。
場所こそ辺鄙であれ、春告げ鳥の終の住処は華美ではなくもしっかりとした造りだった。外の世界でいまだに続く戦はここには全く影響を及ぼしていない。
「私どものような者をこの場所に招き入れていただいたこと、感謝致しております」
老女は自らが注いだ白湯をゆっくりと口に運ぶ。
「あなたにもう一度、鳴いていただけないかと思いましてここに参りました」
世界は疲弊し切っている。それなのに戦争は終わらない。戦いのきっかけになった人物に幕を引いてもらうしかない。そう言い出したのはどの国だったか忘れた。まさか本人が生きているだなんて。それこそ伝説・物語のように囁かれていた話を信じてここに来て驚いている。
「あれから、何年経っていると思う?いまだに戦争を続けているのはあんたたちがやりたいからじゃないのかい?最初に起きた戦の意味を皇帝の孫ですら忘れてしまったというのに」
そうかもしれない。だけど、春告げ鳥の伝説はいまだに語り継がれている。
老女の身の回りを世話する者だろう。
僕らのために温かい茶を持ってきた。
老女はその者らが部屋を出て行くまで、何も語らず、白湯を飲んでいた。
「ひとつ教えてあげよう」
老女はその年齢に相応しくない、血色のいい艶やかな唇で言う。
「鳴くのは雄だ」
「は?」
老女は、フッと笑った。
120歳のしては皺もない顔だが、その笑みたるや年老いた者のそれではなかった。
思わず背中がゾクリと震えた。
「何をどう聞いているかわからないが、私にこの戦いを終結に導く力はない。もしも、終結したとしても、それは偽りのもの」
白湯を入れて飲んでいた茶碗を高く持ち上げて、そのまま床に落とす。
一瞬、割れると思って構えたが、足元の毛足の長い敷物がそれを守るかのように、ちゃわは転がっただけだ。
「私の首でも持っていくかい?」
自分だけではない。こちら側の誰もが震え、言葉を失った。
「春告げ鳥は春を告げて鳴くのではない。ここは自分の縄張りだと、これは自分の女だと言って鳴くものだ。決して平和を求めて鳴くのではない」
「ならば、この戦いを終えるにはどうしたらいいのでしょう」
我々の言葉に、老女はフッと片眉を上げた。
「この戦いに勝てばよい」
言葉は静かに、だけど全ての者の胸に刺さった。
春告げ鳥の城を出る。
戦場に向かう。
「なるほど…」
ようやく理解した。
我々こそが春告げ鳥だと。