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火星探査機

火星に着陸した火星探査機のその後を考える。
動かなくなった火星探査機=ローバーたちはどうなるのだろう?
火星には雨が降らない。
錆びて朽ち果てることはないのだろう。
信号が途絶えた後も彼らは何も気にせず動き続けているのかもしれない。
歩き回る者もいれば、その場で静かにモーターだけが音を立てているだけかもしれない。
いくつかその地表にいるローバーたちが、ある日偶然巡り会うなんてこともあるかもしれない。
「やあ、キミもアメリカから来たの?」
「向こうで古い先輩を見かけたよ」
そんなやり取りがあってもいいかもしれない。
無責任に自分達を火星に届けた地球の人間のことなんて、彼らはこれっぽっちも気にしていないかもしれない。
「地球に帰る」そういう概念は彼らには植え付けられていないから。

地中にいる火星の人々は観測機を使って地上の様子を絶えず見ている。
「おや?また新参者がやってきたぞ」
彼らもまたその程度だ。
地球からくる探査機なんてちっとも怖くないし、邪魔にもならない。
地上には今はもう何もない。
彼らの全ては地中にある。地表の下の氷の下のそのまた下に住んでいる。
快適な環境。快適な社会。不必要なものは遠い昔に全て地上に捨ててきた。捨ててきたものは長い年月の中で、風に削られ、土に埋もれ。
そこにある「カス」を彼らが拾ったところで、地中深くにいる「火星の人々」の存在には届くはずもない。
たとえ彼らが地表を覆うことになっても何も変わらない。
地上を這う彼らとも、それを送り込んでいる地球の人たちとも、自分たちは全く違う生き物だから。
彼らの興味は外にではなく、内へ内へ。どこまでこの星=火星は自分たちを受け入れてくれるのか?
彼らの思いは深く内側へ向かっている。

ローバーは小高い丘の上で遠くを見る。
ここは前にも来たことがあるかもしれない。
サリサリと音を立てて自分の記憶=記録を探る。
あぁ、やっぱり来ていた。間違いなかった。とローバーは安心する。
安心?
ローバーが不安に思うことはなんだろう?
自分の記憶に齟齬が生じること?すなわち忘却?
忘却を恐れるのは、自分のことを忘れられるのが怖い人間にしかないものだ。
そんな不必要な感情はやはり彼らにはインプットされていないだろう。

さて、もう一度、清々しいまでに淡々と火星の地表を歩み続けるローバーたちを思ってみよう。
彼らも少しずつ、風に削られ、土に還る。
そんな彼らの土を、また誰かが調べて「地球と同じ金属がある」と喜ぶ地球の人を、火星の奥で見て笑っている誰かがいる。