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【40 日向ぼっこ】#100のシリーズ

「おぅ。何してるんだ?日向ぼっこか?」
仙介おじさんはそう言って自転車を走らせ通り過ぎて行った。
「日向ぼっこってなんだ?」

「日光浴とでも言いましょうか?」
アベルが答えた。
「擬似的な?」
「昔は直接日光を浴びてもよかったんです」
「なんかすごいな」
と驚いているとカインが「日向の暖かいところで何をするでもなく過ごすことですな」と言った。
「生き物が体を温めて休んでいる状態ですが、人間の場合は且つ何もせずに体だけでなく気持ちも休めることが日向ぼっこの重要な役割です」
アベルが捕捉する。
「仙介おじさんは随分と古い言葉を知っているんだね」
日光を直接浴びれなくなってすでに200年近く経っている。
日向ぼっこなど死語である。
「藤堂仙介氏は20世紀の日本人のコピーですから、日向ぼっこは日常語ですな」
カインが仙介おじさんの説明をする。知らなかった。仙介おじさんは擬似生命体だったんだ。

今は、どこに行くにも対話型のナビゲーターと共に、安全な場所、安全なルート。なるべく屋外に出ることなくこうして地下道を通って移動する。
生き物は全てそれぞれの生態系にあった環境のドームの中で過ごし、別の地域(ドーム)へ移動する際はさまざまな検査に合格しなくてはならない。
ペットも全て擬似生命体。人間も三分の一は擬似生命体となっている。
「日向は明るくて暖かいんです」アベルが言う。
「日向ではないのですが木陰というのもかつての人々には好まれたようです」
木の下で程よく日陰になりつつも葉の間からもれた日の光と、涼しい風が気持ちいいのだという。
「うーん。想像つかないな」
「ですな」
カインが頷く。
「さて、のんびりとしてられません。次の予定まであと10分少々。ルートを送りますので、到着まで私たちはミュートで待機します」
アベルが言うと、掛けていたメガネにルート表示がされ、代わりにカインとアベルの姿が消えた。
「急ぎますか」
斜めに掛けた鞄の紐を掴み、僕は走り出した。


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