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【82ミッドナイト】#100のシリーズ

「なんつーかさ。やっぱりさ。ミッドナイトという名前の店が真昼に営業しているのに違和感を感じなくはないのだよ」
昔流行ったテクノカット似た髪をグレイに染めている男が言う。
「素直に、昼間の店の名前じゃねぇって言えねぇのか?」
これまた昔はよく見た角刈りの男がほとんど喧嘩腰に言うが、相手はちっとも気にしていない。
両極端な口調のふたり。見た目も全く正反対。
この建物の「ミッドナイト」という看板が気に入って借りたいという。
だが、この店名・・が物議をかもしている。
どういう作りになっているのか?この看板は外れない。
それゆえに長いこと借り手がいない。
建物は古い。昭和の建物だ。昭和40年代の建物。
水廻りや、防災設備は時代にあったものに変えてはいるが、外装ならびに内側の床材や壁材は昔のまま。建物の強度も問題なしのある意味優良物件だった。
「この全体に漂う昭和レトロ感。捨てがたい」
「同感」
そういえば、真夜中=ミッドナイトだけど、真昼はなんだ?ふたりのやり取りをぼんやり眺めながらそんなことを考える。真昼。お昼ちょうどはnoon=ヌーンだと子どもの頃に習った記憶がある。でもアフタヌーンは口にしてもヌーンはなかなか口にはしないし文字でも見ない。ヌーンがお昼ちょうどだというのにミッドナイトは午前零時ジャストという感じではない。そう考えると何とも奇妙な話だ。
「ここって最初は何だったんでしょうかね?」
それまで粗暴な口調だった短髪の青年が訊ねる。どうやら相棒に対してのみ、口調が荒くなるようだ。
「最初は…食堂ですね。ダイナー。ここのカウンターがその名残りです」
店主が亡くなるまで30年以上続いたダイナー。
「おそらく」とオーナーは言う。
「ここを建てた大伯父は、あの絵に憧れたんですよ」
「あの絵?」
「ナイトホークス。まぁ、向こうは大きなガラス張りの店のようですがね」
そう言われて、とある絵画を思い出した。有名な絵だ。
「夜に活動する鳥たちのための店っていうのに憧れたかもしれません」
果たしてこの建物が建った頃、このあたりはどんな感じだったのだろう?
今ではすっかり住宅地である。
ダイナーとしての役目を終えた後は、ギャラリーとして使われていた時代もあったようだが、そのほとんどは時折イベント等で使われるだけで、何ものにもなることなく過ごしている。
建物のオーナーは何故ここを手放さないのか?とよく思う。いろいろ修繕までして残すのは何故だろう?
「ミッドナイトっていう看板がついている建物であって店名をミッドナイトにしなければいいんじゃないかなぁ?」
またふたりが言い合っている。
「はぁ?あんなデカい看板を無視しろってぇのか?」
「建物の名前だと思えばいいんじゃない?」
実際、自分たちもこの建物の物件名として「ミッドナイト」と呼んでいる。
事前に聞いた話では古物を扱う雑貨屋をやる予定だという。
「確かに。私たちもこの建物をミッドナイトと呼んでますね」
急に口を挟んだ私を、ふたりは少し驚いた目で見る。
私は「失礼しました」と頭を下げる。
「いえいえ」
ふたりの声がハモる。
「気に入ってるんでしょう?この建物」
「テメェもだろう?」
「そうだねぇ」
短髪に言われテクノカットもどきが壁を撫でる。
「深夜営業はしないからね。夜は彼女といたいもん」
「俺だって」
「じゃあ、借りる方向でいい?」
「おぉ」
この建物がどんな店になるのか。とても気になる。
オーナーもきっと承諾するだろう。


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