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パンツを買いに

「昼から下ネタで恐縮ですが…」

ラジオのタイトルコール終了後、ウィスパーボイスがそう言った。

「パンツの話をしていいですか?」

下ネタと聞いて「ん?」と思ったが、パンツの話ですか?
まぁ、彼の下ネタは小学生レベルとファンの間で言われているから。

「先日の父の日に、我が家のおとーさまに何か贈ろうと思って、欲しいのがないか訊いてみたところ…そう、パンツが欲しいと。昨今はパンツは下着ばかりではないからおとーさまに確認したんですよ。『下着のパンツ?』と。そしたら『イエス。オフコース。その通り』と返ってきた」

そういえば、今年の初め頃の放送でおとーさまが英会話を学び始めた話をしてたなぁ。「of course」とか言っちゃうんだ、おとーさま。

「僕ね、自分の父親がブリーフ派なのかトランクス派なのかわからなくって、どんなパンツ履いているか訊いたんです。そしたら返ってきた答えが『履いたことのないパンツを履いてみたい』」

彼は自分と同世代だから、彼の父親というのも自分の父親世代だろう。
そういう世代の人が新しいものに挑戦するのはいいことだと思う。
が、しかし…パンツですか?おとーさま。

「僕が選んで買って送るのもいいけど、一緒にね、買いに行くのも、それ自体がなんかプレゼントじゃないけど、普段しないことだからと思って一緒に買い物に行くことにしたんですよ」

車で30分程度のところに住んでいてもなかなか会わないらしい。まぁ、自分も同じ市内に住んでいても会うのは盆正月ぐらいだ。たまたまスーパーで出会すということも滅多にない。行く店が違うのか?時間帯が違うのか?
・・・ま、いっか。

「おとーさまとふたりだけで出掛けるなんて、学生の頃一緒に映画を見に行って以来」

父親とふたりだけで出掛けたことないかも。
少なくとも高校生以降はない。

「車の中で話したけど、衝撃的だったのは、『自分でパンツを買ったことがない』だったな」

へ?

彼の父親はずっと実家暮らしで、加えて随分と早くに結婚したとのことだった。ひとり暮らしの経験がないと下着を買うこともないのだろうか?
あれ?確か一度奥様を亡くされていてしばらく父子家庭だった時もあったよな?
自分は…うん。確かに。母親と一緒に買いに行くけど、自分のお金で買うわけじゃないから、サイズ以外は結構母親のオススメを買っていたような気がする。
家を出てから、自分で初めて下着を買いに行った時、なぜか少し照れくさい気持ちでレジに立っていたのを覚えている。
今はそんなことないけど。

「おとーさまのパンツは全て、おかーさまチョイスだったという事実を初めて知った」

おぉ。それはそれは。
我が家はどうだったんだろう?
親のパンツ事情なんて聞くことないから。うん。

「おとーさまのパンツは、もう随分長いこと綿100%のトランクス。ボクサーショーツと呼ばれる緩いタイプで、基本は青の細かいチェックかストライプ。でね。おとーさまと話をして『確かに』と思ったのがパンツの前開きの小窓のこと」

女の私にはわからない話に突入か?

「ねぇ、今でも『社会の窓』って言う?なんで『社会』なんだろうね?保健体育じゃないんだ…って昔思った」

あぁ。自分も不思議に思って以前調べたことあったな。それこそラジオ番組からだって話だけど。そういえば聞かなくなったよな。

「すっかりトイレが洋式になって、座って用を足すのが普通になってさ。なかなか使わないよね、とね。特に親父、おとーさまのお年頃になってくると諸所の事情で、座って用を足した方がよくなってくるとかで、『前開きでなくてもいいと思うんだけど、母さんはずっと前開きを買ってくるんだ』。言えよって話」

なるほどねぇ。
そういえば、大学の頃飲み会で、前開きの窓を使うか否かで男の子たちが盛り上がってたなぁ。
でも、今でも、男子トイレは小用は立って致すタイプなんだよね?
そういえば、会社の社屋のトイレ、健常者と身障者用に分けるだけで男女の区別やめるとか言ってたなぁ。
みんなが在宅勤務しているうちに工事するとか。
なんだっけ?性差なくすヤツ。あれの一環らしいけど。まぁ、全部が個室になればいいのか?どんなふうになるのか、気になる。

「僕が普段履いているブランドのショップでパンツを買ったんだけど、おとーさま『そっか。パンツは試着できないもんなぁ』って。布地の素材を確かめようと頬擦りしそうになったのを止めた僕を褒めてほしい」

ははは。

「なんか色はやっぱり青から脱出できなかったけど、ボクサーブリーフとちょっと丈のあるヤツを買いました。売場にあったお尻の布がないタイプ見て目を丸くしてたけど、タイトな服の時にパンツのシルエットを見せないためだよ、と教えたら納得してました。僕はそういうのは履かないけど、おしゃれな人とかモデルさん、あとスポーツ選手でも履く人いるんですよね」

へぇ。スポーツ選手もかぁ。

「で。先日、おとーさまから電話があって。ウォーキングの時にとても具合がいいとのこと。おかーさまも納得のパンツと言ってたけど、納得ってねぇ…うん」

ご両親、仲が良くて何よりです。

「まぁ、僕はここまでずっと自分でパンツを買ってきたわけで。おそらくこの先結婚してもパンツは自分で買うんじゃないかなぁ?パンツを誰かに買ってもらわなくちゃいけなくなるまで。うん。きっと誰かに買ってもらうパンツは布製じゃないんだろうなぁ…あ、ちょっと悲しくなってきた。曲、いきますね」

う…自分もなんだか悲しくなってきたわ。