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【81ゆうびんやさん】#100のシリーズ

ゆうびんやさん おはいんなさい
はい よろしゅう 
じゃんけんぽん
まけたおかたはおのきなさい

子どもの頃の遊び歌、だと親父は言う。
「なんでかわからないけど、これが怖くってねぇ」
親父がグラスのビールを飲み干した。
「ふーん」
缶ビールをグラスに注いでやる。
ほぼ毎年聞く話。
一緒に酒を飲むようになった頃から、なぜかお盆の頃に親父はこの話をする。
俺はこの歌は親父の口からしか聞いたことがない。
本当にある歌かどうかも確認したことがない。
「なんで郵便屋さんなんだろうな?」
今年は話が一歩進んだ。
「怖いのはそこ?」
「んー。そうかもな。いや、郵便配達員自体が怖かったんだよなぁ」
「何それ?初耳なんだけど」
「今は怖くないぞ」
親父は無意味に胸を張る。
「そりゃそうだ。いい歳のおっさんが『郵便屋さん、怖い』とか笑えない」
「近所に双子の郵便配達員がいてね」
俺の話を遮るかのように親父が話し始めた。
「今、向こうに走って行った郵便配達員がこっちから走って来る」
手を前に横に振りながら親父は言う。
「郵便配達員の顔なんか見えるの?」
「見えるさ」
親父は頷く。
「少しだけおっかない顔なんだよなぁ。まぁ、真剣に走っていただけかもしれないけど」
その郵便配達員は俺の祖父さんの弟と同級生のふたりだと親父は言う。
祖父さんは俺が小学生の頃に亡くなっている。祖父さんの弟という人にはその葬式の時にあったきり。県外に住んでいたから、祖父さんが死んで3年後にあったその人の葬式には親父が伯父や伯母と一緒に行ったけど俺は行かなかった。
「まぁ、それだけじゃないんだけどな」
何がそれだけでないのかわからない。
親父はタコわさをつまみ、ビールを飲む。
「ところでさ。その歌、どんな遊びだったん?」
「縄跳びだ」
父は答える。
大縄までいかないがふたりが回す縄に最初にひとりが入って飛ぶ。
そして歌に合わせてもうひとりが縄に入る。
じゃんけんをして勝った者はそのまま飛び続け、負けた者は抜ける。
「縄を回している人は回すだけ?」
「抜けたヤツが交代する」
なるほど…と思った。最低4人。
「最後はどうなるの?」
「最後?」
「遊びの終わり」
親父は、グラスを持つ手を止めて首を傾げた。
「飽きるか、縄に引っ掛かるかだ」
と言ってまた少し首を傾げた。
「まぁ、すぐに飽きたな」と言った。
「縄跳びは女の子が主体の遊びだったからな」
「ふうん」
「オレはさ。怖かったから、さっさと終わってくれると助かってたんだけど」
缶の中が空になっているのを確かめて、親父は立ち上がった。
「双子の郵便配達員ってそんなに怖かったんだねぇ」
とその背中に向かって言った。
親父は缶チューハイのロング缶を片手に戻ってきた。
「そうなるのかねぇ」
こっちのグラスも空なのを確認して、親父は缶チューハイを注いだ。
「何か大事なことを忘れているような気もするけど…」
と何もない空間を見据えて親父は黙った。
そしてブルリと肩を震わせた。
「うん。そうだ。忘れたことにしよう」
と言って、親父はグラスのチューハイを飲んだ。


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