【44 ゴゴゴゴゴ】#100のシリーズ
網代は彫師。腕のいい、しかも医師免許も持っており、安全性に関しても間違いないと言われている。
一昔前までは背中一面いや全身に美しくも怖い絵を入れることが多かった。
「最近はもっぱら外国人相手と聞くが?」
「うん」
網代はいまだ学生にも見える風貌だ。クリームソーダを啜る姿も決しておかしくはない。
「気楽っちゃあ、気楽」
網代はある程度メロンソーダを啜ったところで、アイスクリームの攻略に取り掛かる。
水曜日の午後の明るいカフェ。
刑事である自分と網代は子どもの頃からの友人であり、網代から時々情報提供を受けるために仕事としても会うことがある。
今日もそれだった。
身元不明の遺体が発見された。
ただその遺体には見事な彫り物があった。
網代の手によるものだとすると、客の名前はすぐにわかる。そうじゃない場合も、それが誰の手によって彫られたものか、網代にはすぐにわかる話だった。
「外国人のセンスは面白いよ」
網代はフフフと笑う。
「漢字が好きなのは今に始まったことじゃないけど。ここ数年は漫画やアニメのキャラクターを彫ってほしいって言われる」
網代自身子どもの頃は漫画が好きだった。網代には少し歳の離れた兄(現在は脳外科医)と姉(形成外科医)がいる。ふたりの影響なのか自分たちが好んで読んでいた漫画より少し大人し大人びた内容のものを読んでいた記憶がある。
「著作権とかあるでしょ?だからあんまりオープンではやりたくないけど、口コミ商売だからね。どうしても客は来る」
網代はそろそろ彫師は引退したいと思っているらしい。
「姉さんところのクリニックが忙しいようだから手伝おうかな?って思っている」
と軽いノリだ。
「今でもプチ整形みたいなこと頼まれるよ。ホクロをつけたり消したり」
そのせいか写真を見ただけで相手が整形してるかどうかもある程度判断できる。
網代がアイスクリームを攻略終えたところで今日の本題に入る。
「日本人でもコミックキャラとか入れたいという人はいる?」
「いるよ。若い子が多いね。カタギから半グレかな?もうすっかりその道の人は今はもう入れない。入れると逆に面倒だからね」
そうだ。昔のように切った張ったの世界ではない。知的戦略を求められる今は余計な彫り物はむしろ邪魔だ。
「でも、日本人はあまりうちには来ないよ」網代は言う。
「うちはお高いから」
「まぁ、そうだろう」
そう言いながら写真を出す。
こんな場所に似合わない写真。
「あれ?これと同じ絵柄、彫ったね。割と最近」
チラ見で網代は言う。
「本当か?」
「うん。だけど、これは自分じゃないよ。自分は効果音付きで頼まれたから」
「効果音?」
「ゴゴゴゴゴってヤツ」
「は?」
網代は氷の間のメロンソーダを啜りながら写真を手に取るとしばらくじっと見ていた。
「これ、彫ってないよ。貼ってる」
「え?」
「今あるじゃんシールタトゥ」
確かにある。
「こんなところに貼ってるからねぇ」
それは背中の下の方。腰に近い位置だった。
「誰かに貼ってもらったんでしょ?」
写真を置いて、代わりにスマホを取り出した。
何やら検索して、こちらに結果を見せた。
「市販じゃないね。自家製。版権許諾を受けているみたいだから枚数は出ているけれど調べられなくないんじゃない?あ、イベントで売ってたら難しいかもしれない」
サイト情報を転送してもらう。
「さすがオタク」
感心する方向が本来と少し変わったが、やはり網代は頼りになる。
「でもね。この絵柄、クライアントの言う通り、ゴゴゴゴゴがあって完成するんだよ。ゴゴゴゴゴがないとなんだか間抜けた感じだね」
再び写真を見て網代は言う。
「そうなのか?」
「うん」
頷いてスマホを操作する。
「ほら」
こちらに見せた画像はゴゴゴゴゴ付きの絵柄。どうやら漫画の一コマらしい。
「あぁ、確かに」
キャラクターの怒りがより一層強く伝わる。
「まぁ、だからといっていきなり背中からこれ出てきたら笑っちゃうけどね」
網代は言う。
「確かに」
「ねぇ。今度はアイスロイヤルミルクティ飲みたいけどいい?」
「いいよ」
写真を片付ける。
もう少し彼のオタク談義を聞くのも悪くないだろう。
そう思わせる天気のいい水曜日の午後だった。
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