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依頼不履行

ターゲットが死んだ。
排除の予定は明日だった。
ターゲットは地方出張から今日帰ってくる予定だった。
明日の帰宅途中、いつも通る橋の上で排除する予定だった。
「予定変更ではないのですね」
私たちが責任者プロデューサーと呼んでいる男が言う。
顔を見せることができないくせにオンラインでのテレビ電話ツールを使って連絡してきた。
「えぇ。私たちも不慣れな土地で人を殺す勇気はないですからね」
ターゲットは駅のホームにいた。
列車を待っていた。
他にもホームには何人かの人がいた。
最終列車のひとつ前。
列車がホームに入ってきた時、ターゲットはふらふらとホームの外側に歩み出たのだという。
近くにいた男性が慌てて腕を掴み、引っ張って止めたが、列車に接触したようで、そのままホームに倒れ込んだ。
すぐさま搬送されたが、ターゲット=ニシヤマアキラは病院で死亡した。
その死は、事故のあった町の地方紙に掲載された。
その記事は先ほどPDF ファイルで送られてきたのを読んだ。
記事には事故と言いつつ「何者かが背中を押したとの目撃情報もある」とあった。
「背中を押す」のは私の殺し方だ。
「しかし、ご存知のように、私は第三者にその死を任せることはしません」
列車や車などに轢いてもらうというのは、私のやり方ではない。
画面には「voice only」の文字。向こうの画面にも同じものが表示されているはずだ。
「単なる事故?」声が言う。
「・・・もしくは、依頼人が複数に依頼していたか?はたまた同じターゲットで複数の依頼人がいたのか?」
ないとは言い切れない。
記事にある「誰かが押した」は見間違いかもしれない。ニシヤマの腕を引いた男性の前に、誰かがニシヤマを止めようとしたのかもしれない。
ともあれ、私は、私たちは依頼を遂行することができなかったのだ。
「こちらで依頼人に確認しておきます」
「はい」
「ところで、調査中、ターゲットの周辺で何か気になる点はありませんでしたか?」
「特には」
私たちのように直接ターゲットと接触する者には、依頼人が何故その人物を殺してほしいと思っているかなどという情報は入らない。
ただターゲットの名前、住所、あるいは勤務先。そして顔写真と全身の写真。それらが正しいかどうか、どこかに齟齬や嘘がないかを確認するための調査期間を最低一週間設ける。
身元が間違いないと確認できたら、今度はいつどこで実行するかを決める。
殺すにいい環境。これがなかなか難しい。
目撃者などがいてはいけないし、他人を巻き込んでもいけない。
当然のことだ。
だから調査は念入りに慎重に行う。
むしろ、殺すために接触する当日の方が、少なくとも私はリラックスしていると言ってもいい。
責任者は依頼人から話を聞いた時点で、誰に割り振るか決める。
それはそのターゲットを殺すのに一番適した殺し方をする者を選ぶ。
私は橋や階段などでターゲットの背中を押す。
激しく押さなくても、皆、簡単に落ちていく。
「あえて言うなら、毎日が規則正しすぎるぐらいでしょうか?」
社内でどのように過ごしているのかなどはわからない。
ただ、出勤時も帰宅する時も同じ時間同じ道。誰かと一緒に歩くこともない。
いつでもひとりだった。
会社まで徒歩で20分の距離を歩く。
その往復の間だけ5日間じっくりと観察させてもらった。
ひとり暮らしをしているようで、ターゲットの家に他の誰かが出入りすることもなかった。
責任者は静かにふぅっと息を吐いた。
ため息だったかもしれない。
「今回の件。我々の手を離れてよかったかもしれない」
と呟くように言った。
「調査にかかった経費と時間を後で報告してください。その分はこちらからお支払いします」
そう言って通信は切れた。
続報を待ったが、責任者からも、彼と私たちを繋ぐメッセンジャーからもこの件に関して何も伝えられることはなかった。
ネット検索して、ターゲットの死に関するニュースを探したが、最初に読んだ記事と対して変わらないものしか見つからなかった。
そのひと月後。空き家になったターゲットの家の前を偶然通りかかった。
「売り家」「売地」という立札を立てているふたり組の男がいた。
何故かニシヤマの排除を依頼してきたのはニシヤマ自身であったかもしれない。そう思った。
しばらくは仕事を受けたくないような。逆に、さっさと次の仕事に集中してしまいたいような気持ちを抱えて、私は少しだけ背を丸めると足早にそこを通り過ぎた。


こちらに出てきた【殺し屋】の話