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【32 昔話】#100のシリーズ

隣の席の長谷川の机の中に手紙が入っていた。
宛名のない、きちんと封のされた手紙。
クリーム色の洋形の封筒にはよく見ると箔押しの模様があった。
「随分と奥ゆかしいというか上品というか」
「奥ゆかしいって言うの?これ?」
「さぁ?」
何度も表裏ひっくり返しても宛名も何も浮き出てこない。
放課後の委員会会議。各委員会の委員長と副委員長が月に一度集まって、活動報告をする。長谷川は規律委員会の委員長。同じクラスの細野は環境委員会の委員長。そして、自分は生徒会の副会長。副委員長は大抵は2年生から選ばれる。自分のクラスには、保健委員会の委員長もいるが、昨日からインフルエンザで休んでいる。自分たち3人は終わったらそのまま帰るつもりで、鞄を持って会議室代わりとなった視聴覚室に行ったが、細野が弁当箱を忘れたと言うので教室に戻って来ていた。
長谷川を挟んで、自分と細野がその両隣という席だった。
細野が弁当箱の入った袋を、机の脇のフックから外そうとして、バランスを崩し、長谷川の机にぶつかった。
「何してるんだよ」
「大丈夫か?」
そう言う自分たちに対して細野が「なんか床滑る」と言った。
「ワックス塗る日?」
「違うなぁ」
確かに細野と長谷川の机の間の床の滑りが良いような気がした。
「あれ?」
細野が長谷川の机から何かが落ちかけているのに気がついた。
「ハセちゃん。忘れ物」
「え?」
「机になんかあるよ」
それがこの手紙だった。
「俺のじゃないな」
長谷川がポソリと呟いた。
「じゃあ、誰の?」
「しらねぇよ」
規律委員長は存外口が悪い。
「ラブレター?」
「なっ!」
長谷川が瞠目する。
この時、冷静に考えれば、誰かが誰かに頼まれて、長谷川の机に手紙を忍ばせた、という可能性もあることに気がついたが、なぜか三人ともその可能性をすっ飛ばして「ここは男子校だぞ?」となった。
「恋愛は自由だ」という自分に長谷川は「他人事だと思って」と上目遣いで睨んだ。
細野は「幸川先生だったらどうする?」と学校内で一番若い女性教諭である英語の幸川エレナ先生の名前を出す。
「んなわけねぇだろ」長谷川は一度机の上に置いた手紙を手にした。
箔押しされた模様は花だろうか?
「こんなお上品な封筒を男子高校生が選ぶ?」細野も封筒が気になっていたようだ。
「生徒会長とか、あ、生徒会長のクラスの転校生のかわい子ちゃんとかだったら選びそう」
かわい子ちゃんなどという死語で表現された転校生は確かに物静かでこういうセンスがありそうだが、やはり男だ。それに転校してきてまだ1ヶ月ちょっと。同じクラスでもない長谷川との接点は少ないはず。
「開けてみた方がいいんじゃない?開けてみようよ」
「え?」長谷川は細野を見る。
「ひとりで見た方がいい?」
「いや…それは…」こっちを見てボソボソ答える。
「誰かの悪戯かもしれない」細野が言うと「え?」と強めに声が出る。
「この状況誰か見てたりして」
長谷川も自分も教室内を見回す。
不意に、たかが手紙ひとつで三人が大騒ぎしているこの状況がおかしくなって吹き出した。
「なんだよ。急に」
「ひょっとして、手紙を置いたのって…」
「違う違う。笑ったりしてごめん。なんだか手紙ひとつで自分ら騒いでいるのおかしくなっちゃって」
そう言うと、長谷川も「そうだなぁ」と言った。そしておもむろに封を切った。
「ん?」
長谷川が取り出したのは写真と小さなカード。
「おいおい。会長!」
長谷川の手にあるカードを読む。
『会報に使った写真です。ありがとうございます』
長谷川ら剣道部員の地区大会優勝時の写真だった。
「やっぱり、この封筒の主は会長だったかぁ」
細野は「うんうん」と納得している。
「紛らわしいことするなよ。さっきの会議の時に渡せよ」
長谷川はそこにいない相手に文句を言った。
「いやぁ…なんつーか、お約束だなぁ」
自分もそう言って笑った。

「昔はさ、そういうときめきあったよね」細野が言う。
「今はメールとか?画像データとか?そんなんでやり取りするから、あんなときめき感じることないよね」
「ときめきじゃねぇっつーの」長谷川の相変わらずぶっきらぼうな口調に思わず笑った。
「またおまえはそうやってひとりで笑ってる」
「ごめんごめん」素直に謝る。
「でもさ。10年かそこらでこんなに変わるもんなんだねぇ」細野がつまみのパスタフライをぽりぽり齧りながら言う。
「そうだなぁ」
同窓会の案内も基本はグループメッセージだった。その上のハガキ。昔は往復ハガキで出欠の確認だったが、今はハガキについているQRコードでweb上からの出欠回答。
「それにしても会長、遅いね」
「一次会の会計済ませたら来るって言ってた」
「なんで10年経っても委員会状態になるんだよ」
「いいじゃん。いいじゃん」細野が長谷川を宥める。
「昔話するにはいいメンバーだと思うよ」自分も長谷川に言う。
「それにしても高山はまたインフルエンザとはね」
「ホント」かつての保健委員会委員長は今日の同窓会にはメッセージを送ってくれた。
「会長、かわい子ちゃんも連れてきてくれたら、遅れたの許すけど、そうじゃなかったら二次会は会長の奢りだってメッセージ送っといた」
「細野、相変わらず容赦ねぇなぁ」長谷川が苦笑する。
「結局僕、卒業まであのかわい子ちゃんの転校生と話ができなかったんだ。さっきの一次会も話できなかった」
「クラス違うから仕方ねぇだろ?」
店のドアが開いた。
ふたり越しにそっちを見た。
背の高い会長の姿が見えた。
陰になっているがどうやらかわい子ちゃんを連れて来てくれたようだ。
楽しい昔話はまだまだ続きそうだ。

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