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【59夕日】#100のシリーズ

青色が好きだ。
青色は夕暮れの色。
一日のうち、その色が見られるにはわずかな時間でしかない。
日常で見ることのない空色は少し地中の土の色にも似ている。
でも青は、空の青は地中深い街の中では見ることはできない。

地表に少しだけ覗けるドームから夕日を眺める。
青い夕日は夜の訪れを告げる。
ユウリは「ほぅ」と息を吐く。
天文学者である彼の弟は夜の観測に備えて望遠鏡の設定をしている。
今夜から流星群が観測できる。
昔、友人らとこの観測所に忍び込んだことをユウリは思い出す。
あの時は初めて見る夕日に誰もが言葉を失った。
地中深く住む彼らにとって、空は知識でしかなかった。
それも昼の空は赤く、夜は黒い。その間の夕暮れ時には、空も太陽も青く見える。
「兄さんは夕日が好きだね」
設定を終えたのだろう。弟・シイラがドームに登ってきた。
「コビッツたちと初めて夕日を見た時からずっと好きだ」
「なのに兄さんは観測者にはならなかったんだね」
シイラは言う。
ユウリは地質学者。地中を掘り進めるためには大事な仕事だ。
彼は火星の民は地中で生きていくしかない。
安全な生活をするためには、地質と、そして地下都市を形成する建築物が重要だ。
ユウリたちと一緒に夕日を見たコビッツは彼の父同様優秀な建築設計者となった。
シイラは観測者という名の軍人だ。外からの攻撃、異変に対応するために地表や空・宇宙の観測をしている。異変があれば逐一政府に報告をする。
地球人は思い出したかのように観測機をよこすが、地中に住む火星人に気づく気配はなかった。
動かなくなった地球の機械をこっそり回収していることに気づいているのかも怪しいところだと、火星の人々は思っている。
地球の彼らは、この星の青い夕日を知っているのだろうか?
火星と正反対の青色の星の空は青いことも、そして地球で見る夕日が赤いことも、火星の人々は大昔から知っている。
火星の人々がまだ地上で暮らしていた頃、地球に観測機を送っていたのだ。
その結果、火星の人々は自分たちがあの星に住まうことは難しいことがわかり、こうして今は地中深くで暮らしている。
古い映像の中の赤い夕日より、この地の青い夕日がずっと美しいとユウリは思っている。
コビッツも青い夕日を好きだと言う。今でもたまに一緒にこの観測所に来ることがある。
ユウリは地中にいても、日暮の時刻には思わず見えない空を降り仰ぐ。
ほとんど見ることのない青い空と青白い太陽が、もうすぐ闇に隠れてしまう。
その時こそ物悲しく愛しく思う時はない。
だから、シイラが夜の当番の時は必ず観測所についてくる。そして日暮れの青い夕日を眺めるのだ。
もうほとんど闇色に変わった空を、ユウリとシイラはじっと見ていた。
青い夕日はもうすっかり地平の向こうに隠れようとしていた。