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【桜色】#シロクマ文芸部

桜色の手紙が届いた。
今時文通なんてと思うかもしれないけど、手紙をやり取りする相手が3人いる。
桜色の手紙を寄越すのは大島桜。
「桜の品種にもあるのよ」と自分の名前を説明する彼女とはSNSで知り合った。
SNSで出会って、オフ会で顔を合わせる…はあるが、僕らはそこから文通に移行した。
実際はSNS上でもやり取りは続いている。
ある時、桜が「長くなる愚痴を聞いてほしい」と言った(正しくは文字だが)のに対して「OK」と返したら、「本当に長くなるから手紙にしたい」と言ってきた。少し驚いたが住所を教えたら1週間もせずに手紙が送られてきた。便箋5枚に渡る長い愚痴だった。
桜とは同じ業界での仕事に就いているという共通点があった。
そう広くはない業界だった。
愚痴の中に出てくる人物は、名前と顔が一致するという程度に知っている人物だった。
なるほどSNS上では言いにくい。そう思った。
長い手紙に対しての返事として不貞寝のように猫の写真の葉書に「まったくもって同感。できれば関わりたくないよニャ」と白いペンで吹き出しつけて送ったら、桜色の封筒にメッセージカードで「最高」とあった。
桜はたった一言でも必ず封書で寄越す。
「だって、何書いているか見られたら恥ずかしいでしょ?」
SNSでさんざんいろんな人に見られているのにおかしなことを。とそれこそSNSで返すと「個人に宛てたものだから」と言った。
そんなこんなでやり取りは続いた。
業界が一緒と言っても住んでいる場所に400kmの距離がある。
文通を始めて5年半。いまだに会うことはない。

藍色のインクの几帳面な文字の封筒が届いた。
その名前にある「藍」のインク。
高校で1年だけ一緒だった友人からだ。
大学に入るために地元を離れた自分は、そのまま大学のある街で生活をしている。
電話だったり、メールだったりでやり取りは続いている。何年かに一度、地元に帰った際には会うこともある。
友人から届く手紙は数学問題だ。
自分はそれに答えを返す。
自分も友人に面白い問題を思いつくと手紙を書く。
そして、お互い、問題よりも枚数嵩んだ答えを返す。
もう10年以上。
「飽きないなぁ」
お互い数学とは少し距離のあるところで仕事をしている。
電話やメールでは滅多に数学について語らない。
でもこの手紙でのやり取りは何てことはない同好の士、数学マニアという別人格でのやり取りだった。
考える過程が全て書かれた回答用紙。思考を表す文字も、彼らしい几帳面なものだった。普段使いの万年筆には藍色のインクが入っている。
彼のドラマチックとも言える回答ぶりを見るのが楽しかった。
「随分と早くに気づいたものだ」思わず独り言ちる。
ともすれば、日々の生活、仕事に埋もれてしまいそうなところに、友人からの手紙が届く。封筒を開けて、問題を見た時、自分が笑っているのに気づく。
また、ある日はふと「これは解けるだろうか?」という問題に巡り合う。それを友人に送る時のワクワクした気持ちは学生時代に頭を突き合わせて問題を解いていた頃と変わらない。
不思議と会っても数学の話にはならない。
お互いの近況を語る程度だ。
そしてその近況は、いつもあまり変わり映えはない。

空色の葉書が届いた。
今回の空はラベンダー色。夜明けの空だと書いてある。
幼馴染と呼ぶのだろうか?小学生の頃、家に住んでいた九郎光司からの葉書はいつも空がプリントされている。
今は海外を渡り歩く仕事をしている彼は、行った先々で写真を撮ってはこうして葉書にして送ってくる。
そのエアメールの消印は2回と続けて同じ国であることはない。
おそらく別の国に行くたびにこうして葉書を送ってくるのだろう。
自分もたまに葉書を送る。それは随分前に聞いた住所で、彼に葉書が届いているのか少し不安になる。
父の友人の息子の九郎光司と一緒に暮らしたのは一年と少し。両親を事故で亡くした彼をなぜか父が引き取った。その後、彼の父親の親戚という人物が彼を引き取った。引き取られた先は残念ながら簡単に会えるところではなかった。
「ニュージーランド?」
小学生の自分にはどこにあるのかもわからないところだった。
九郎から届く葉書にたまにだけど「葉書、ありがとう」とあると、ホッとする。
勿論、それが書かれている葉書の消印は彼が住んでいる町のものではない。
昔は葉書ではなく手紙だった。
こちらも事あるごとに手紙を送る。
大学に行くために家を出ることになった。就職が決まった。引っ越しをした。と、そう多くはない生活に変化を逐一九郎に送っていた。
それが葉書になったのは彼が今の仕事に就いてからだと思う。葉書になってからはこちらはそんなにこまめに送らなくなっていた。
今だったら国際電話だって、メッセージだって、簡単に届けられるはずなのに、それらの情報はいまだに知らない。
いつかこちらからの葉書にメールアドレスを記載したことがあったが、メールがくることはなかった。
九郎から届く『空』はもうかなりの枚数になっている。
「世界中を飛び回る仕事と言っておきながら、日本には来ないんだ」
と一度嫌味を書いたことがあった。
そんなことを書いたというのを忘れた頃「日本に来ないんだ、と言われて、そういえばそうだ、と思った。なかなか縁がないようだ」と返事があった。
先に送った葉書を思い出し、後悔した。
朝焼けの写真の葉書を裏返してメッセージを読む。
「近いうちについに日本に行くことになりました。また連絡します」
驚いた。
驚いていたら、見慣れぬ相手からメールが届いた。
不審に思いながらも、少し期待してメールを開いた。
期待通り、九郎からのメールだった。