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【74ランドセル】#100のシリーズ

ランドセルが落ちていた。
捨てられているという感じではなかった。
少しくすんだ赤いランドセルだった。
持ち上げると結構重かった。
開けて中を確認んすることなく、そのまま交番に届けた。
「向こうの電話ボックスがあった場所に、落ちていました」
2週間ほど前まで電話ボックスがあった場所だった。
コンクリートの台座まで撤去されていたが、歩道の中でまだ少し浮いた感じに見えていた。
「中は確認しましたか?」
「いいえ」
警察官は「中を確認します。立会いお願いします」と言った。
少しだけ面倒だなと思った。
ふたりの警察官と中身を確認することになった。
ランドセルを開けると中には広辞苑が入っていた。
ケースに収められた広辞苑。机上版と呼ばれるB 5サイズのものだった。
そっと警察官が広辞苑を引き出した。
広辞苑のケースの中には一万円の束が入っていた。
札束らしいというのはケースを覗いてすぐわかった。
ケースに入っていたのは100万円の束が30個。3000万円だった。
本署に確認したり、書類を作り始めたりで、自分はそれを見ているしかない。
「拾得者としての権利は放棄しませんよね?」
書類を作っていた警察官が言った。
少し早口だったため何を言われているかすぐには理解できなかったが「はい」と頷いた。
「落とし主が見つかった場合でも報労金は5%から20%受け取る権利があります」
そこでようやく何の話か理解できた。
5%でも150万である。
二度目の「はい」はしっかりと頷いた。
本署に連絡していた警察官はランドセルをくまなく確認していた。
「ランドセルには名前など記載されていません」
見た目ではわからなかったが、どうやらこっちが後輩のようだ。と思うくらいはこちらに余裕ができていた。
「事件性がないと確認され、かつ落とし主が3ヶ月現れなかった場合は、これらの拾得物の権利は拾得者であるあなたに移行します。その際にはご連絡差し上げます」
「はい」
「落とし主が現れた場合にもご連絡した方がよろしいですよね?」
「えっと…」
先程、報労金の話を聞いた時はすぐさま「はい」と言えたが、改まって訊かれると返事を少し躊躇った。
ランドセルを拾った時は、中身は教科書ぐらいに思っていたのだ。
もし本当に教科書だったら、ケースの中身である広辞苑だったら、報労金はなかったかもしれない。
「ご連絡差し上げますね?」
警察官がこちらの顔を覗き込むようにして言う。
「あ、はい。お願いします」
圧に負けてそう答えた。
手続きを終えて交番を出る。
心のどこかでいっそ事件に絡んだものであってくれと思っている自分がいた。


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