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月曜日(2週目)

桂木は再び「月曜日つきようび」を訪れたのは翌週の金曜日だった。
「こんにちは」と言って扉を開けると、店の中には店主しかいなかった。
「おや?今日はまた早いですね」
「しばらくリモートになりましてね」桂木は答えた。
そして桂木は先週と同じ席に座った。
「お客様のところに行く以外は、あまり時間を気にせずに済んで助かります」
店主はフッと笑って「爆破犯様様ってとこですか?」と小声で言った。
桂木もそっと「そうですね」と言った。
「今日はお見えになっていないんですか?」
と桂木は訊ねた。
「あぁ…早川さん、ですね。昼頃、みえたんです。今日は娘さんのところに行くからお茶を分けてほしいとね」
「娘さん…」
桂木は繰り返した。
「早川さんの娘さんはお医者さんでしてね。大きな手術のある日は早川さんがお家のことをなさりに行くんです」
店主は言った。
「早川さんも早川さんのご主人もお医者さんでしたから、娘さんが大変なのは理解していらっしゃる」
店主はメニューを差し出した。
桂木はチラリとメニューを見たが、すぐ「月曜日を」と注文した。
「マスターは若い頃は何を?と伺ってよろしいですか?」
ケトルでお湯を沸かし始めた店主はチラリと視線を桂木に向けると「警察です」と答えた。
「この店を何十年もしている…とは見えませんかね?」
「いえ。そう言われたらそうだと思いますよ」
と桂木は言った。嘘ではなかった。
今日も店の中には極々静かにBGMが流れている。微かにピアノの音がする。
「それにしても、奇妙な爆発事件でしたね」店主が言った。
ちょうど一週間前。柏木の勤める会社の入ったビル周辺で合わせて3回の爆発騒ぎがあった。
最初の爆発で変圧器が壊れた。それでビルは停電してしまった。
二度目の爆発はビルの前の路上に置かれていたフラワーポットが爆発。
一度目に比べたら小さな爆発だったが、多くの人に目についた。だが、人的被害は出なかった。
その爆発のニュースを桂木はここ「月曜日」で知った。
その後ビル裏の廃棄物置き場でも爆発があった。
それっきり、今のところは何も起きていない。
反面、犯人も捕まっていない。
警察の検証も終わったので、変圧器も交換修理が終わったが、来週もリモートは確定している。
「それっきりなのかい?」
「どうして僕が知っているんです?」
「会社に脅迫とかが届いてないのか?と思って」
桂木は逡巡した。
「これは、僕の意見ではなく、総務部にいる同期のミステリマニアが言っていたのですが」と前置きして話し出した。
「あのビルで一番大きいテナントはウチの会社ですが、それだけでウチがターゲットとは限らないんじゃないか?って」
店主は興味深そうに何度か頷くと、桂木の前にコースターを敷いた。
「津曲。同期の名前です。津曲たちも何かしらの脅迫なり犯人からの接触があると思っていたようですが、それがないのが第一の理由ですが、最初の変圧器を壊すことで、ビルのほとんどの機能を無効化させ、そして三度目の廃棄物の爆発で、犯人の目的は完了したのではないか?って」
「二度目の爆発は?」
「カモフラージュじゃないか?って。人的被害が出ていないところを見ると時限装置なのではなく、状況を見ることができる状態でのリモート操作ではないか?とか」
店主はお茶を注ぐ。
「最後の話は警察も同じ見解らしいです」
「そうだろうね」
店主は頷く。
「その津曲くんは、三度目の廃棄物の爆破が真の目的とか言ってないかい?」
「言ってました」桂木は驚いた。
「もしそうだとしたら、何かの証拠隠滅だろうねぇ」
「津曲も言ってました」
廃棄物の回収は月曜日と木曜日に行われる。
「金曜の午後はまだそれほど廃棄物が出されていないんです」
「じゃあ、片付けも楽だった?」
「自分はしてませんけどね」
桂木はそう言って、お茶を飲んだ。
「あぁ、美味しい」
「それは何より」
「早川さんにもこのお茶を?」
「そうだね。あとこちらのお茶と」
店長は後ろの棚から缶を取り出して振ってみせた。
「茶葉、買えるんですか?」
「メニューにあるどのお茶、コーヒーもお分けしてますよ」店長は言った。
「隣のP市からも買いに来てくれる方もいます」
と嬉しそうに言った。
「お家でお仕事されているのならどうです?」
「そうですねぇ…でも、ここに来て飲みます。おそらく店長のように美味しく淹れることできないでしょうから」
店長は愉快そうに笑った。
「では、お待ちしてます」


続いてしまいました。