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私のおばあちゃん


おばあちゃんがソファーに埋もれるように座って麻糸で編み物をしている。
私は学校の帰り道でもらったチラシを読んでいる。
おばあちゃんがチラリと目線をこちらに向けた。
「随分と熱心だねぇ」
「移動遊園地だって」
「私の祖母の代あたりまでは、移動遊園地は魔女狩りの連中だった」
あ、また始まった…と密かに思った。おばあちゃんは元魔女で、それは長いこと先祖代々続くものだったけれど、おばあちゃんには娘が生まれなくて、一子相伝の魔女を60歳で返上した…という話は、私が小さな頃から聞かされた話だ。本当かどうかはわからない。おばあちゃんに箒で空を飛べるのか?と聞けば「そういう魔女もいたかもしれないねぇ」と言うし、魔法の杖を持っているのか?と聞けば「あれは使わなかったねぇ」と言う。
物語に出てくる魔女とはだいぶイメージが違う。ただ、おばあちゃんはいろんなことをとてもよく知っていた。「大学教授だったからね。おばあちゃんはあぁ見えて学者先生なんだよ」とパパが言う。パパも大学で学生たちに勉強を教えたり、薬草について研究をする仕事をしている。
みんなおばあちゃんの影響だとパパは言う。その時のパパは嬉しそうなどこか寂しそうな顔をする。
「おばあちゃんのいい話し相手になってほしいな。そして、おばあちゃんがおまえに教えることはいろいろ覚えていてほしい」とパパは言う。
「おまえだったらいい魔女になれただろう」
話の最後はいつもその言葉で終わる。
私は密かに魔女に憧れたが、おばあちゃんには何も伝えずにいた。
だけどおばあちゃんには私のそんな思いをおばあちゃんは知っているような気がした。
おばあちゃんとママもとても仲が良くて、ふたりで並んでキッチンにたち、いろんなジャムやシロップ、おやつを作る。
おばあちゃんは肉をほとんど食べない。でもそのことをママは悪く言わない。
「お肉のアレルギー?」と聞くと「まぁ、そんなものだわねぇ」とおばあちゃん自身もママも言う。
私が好き嫌いすると「ママは毒を食べさせてなんかいないのに。ひと口食べてから好き嫌い言ってちょうだい」と言う。
おばあちゃんも「きっと美味しいよ」とママを援護する。
ふたりが作る物には美味しくないものなんてひとつもないのは確かだった。
私は特に木苺がたっぷり乗ったクリームパイが好きだ。
木苺の季節にしか食べられないのが残念だ。
木苺は庭にある。
おばあちゃんやパパが手入れをしている薬草園の向こう側にたくさんなる。
パパが薬草の研究をしているので、庭には温室もあり、かなり広い。
私は自分の家の庭がとても好きだ。
「ところで、その移動遊園地には占い師はいるのかい?」
おばあちゃんが思い出したかのように言う。
チラシには遊園地のアトラクションの内容がついている。
「占い師?」
メリーゴーラウンドや回転ブランコ。ジェットコースターまであるらしいその遊園地。そう言えば半月ほど前からいろいろ設置が始まっていたような気もする。このチラシを見るまで、あそこで何が作られているのかなんてあまり気にしていなかった。
「あ、あった。水晶占いって書いてある」
おばあちゃんが「フフン」と少し笑ったような気がした。
「移動遊園地が始まったら私も行ってみようかねぇ」
「何か占ってほしいことがあるの?」
何を占ってほしいのだろう?おばあちゃんに好きな人がいるのだろうか?気になった。
「まぁ、そんなところかねぇ」
おばあちゃんはそう言うとまた編み物を始める。
これ以上の追求はなし、という合図だ。
「おばあちゃん。遊園地、一緒に行こうよ」
最後に一言、食い下がってみた。
「そうだねぇ。それもいいかもねぇ」
おばあちゃんは言う。
「約束だよ」
そう言うとおばあちゃんは私に向けてウインクをした。
なんだかその仕草がテレビで見る魔女に似ていて、少し嬉しくなった。