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【布団から】#シロクマ文芸部

布団から手を伸ばして、触れた本を読む。
休みの日はそうすることに決めている。
そしてそれを読み切るまでは「生活」はお預けだ。
部屋の真ん中に布団を敷き、肩のあたりから頭上にかけて本を並べる。
休みの前の晩の儀式だ。

「ふうん」
テーブルの上に両肘をついて顎を乗せてる友人は、感心しているのか馬鹿にしているのかわからない相槌を打つ。
「布団もいいものだねぇ」
え?そこ?
「僕はベッドだからそれはできないなぁ」
自分の家は古い日本家屋で、元は祖父の代に建てたものだ。
壁には断熱材が入ったり、風呂場を増築したり、水回りを新しくしたりと手を加えられているが、台所と廊下は板張り。残りの部屋(居間を入れて6つある)は全て畳の部屋だった。
小学生の頃は同級生らの今時の家が羨ましく思ったこともあったが、基本的に自分の家が好きだ。
「ベッド云々より、積読本ってあるの?キミの場合」
自分の知る範囲。彼は研究に関する本しか読まない。研究(もしくは勉強)熱心な彼が本を買って満足して積みっぱなしにしているとは思えない。
「積読本というか、全部読み切ってない本ならあるよ。図鑑だけどね」
「図鑑?」
「うん。図鑑、好き」
両手で包んだ頬を緩ませて彼は言う。
学食で遠巻きに見ている女子たちの視線が背中に痛い。
「ベッドの脇の小さなテーブルに数冊置いてる」
「そうなんだ」
学食で、お試し新発売のミルクセーキを彼は飲む。
自分もつられてアイスコーヒーに刺しているストローを吸った。

昨日は休みだというのに雨だった。
ここんところ週末は雨で、布団の中での読書だけでなく、限りなく昼に近い朝食を食べた後も本を読んで過ごすことが多い。
L字型のちょうど角にある自分の部屋は他の部屋より暖かい感じがするし、そそくさと部屋に戻り、雨を理由に再び布団に入る。
まだ少し温かい布団に入って惰眠を貪るのもいいし、そこでもう一冊本を読むのもいい。
地元に大きな大学ができたのは自分が高校に入る年だった。
大学の附属高校もできたが、兼ねてから受けるつもりだった高校を受験して合格。大学進学は県外と思っていたが、自分の入りたい学部もあることから志望校を変えてみた。
結果。おそらく変えて正解だったと思う。
高校に通うのと変わらない通学時間。
アパートや寮に入るのと違って、生活リズムも大きく変わらない。
大学に入って新しい友人も何人かできた。
そう多くはないと思う。
学部も全く違う彼とは校内の備品であるPCトラブルを解決してもらったことで知り合った。たまたま共通の友人もいて、こうして学食や、外のコーヒーショップで話をする機会があるが、彼に多くは謎に包まれている。
同い年とは思えない幼い雰囲気だが、かなり優秀だという噂を聞く。
いいところのボンボンという噂もある、帰国子女でもある彼は他愛のない、自分なんかの日常の話を楽しそうに聞く。
今日の収穫は今まで畳の上で寝たことがないということだ。

「ねぇ。読まなかった本はどうするの?」
布団を畳んで押し入れにしまうのと同時に、布団周りに置いていた本は積読本コーナーに戻される。
自分の家で自分の部屋だから万年床でも構わない…わけにはいかない。
自分の家だからこそ、いつ母親の抜き打ちに合うかわからない。
「休みごとの楽しみだからね。片付けるのも楽しみのためだ」
彼に言っているようで、自分に言い聞かせている。
片付けろ、と。片付けるのがルールだぞ、と。
「ふうん」
彼はミルクセーキを飲み干す。
「お布団。一度寝てみたいなぁ」
おやおや。そうきたかい。
「一度、泊まりに来るといいよ」
そう言ってアイスコーヒーを飲み干した。