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ヒトノミライ

「これは何ですか?」
無骨な機械は、真ん中に何かを入れて護るかのような形をしていた。
「よくわからないが、子宮か蛹の殻のようなものだと我々は推測している」
「この透明な珪素質の部分の中に残っていた物質が限りなく羊水に近いものだとわかった」
「そこに繋がるこのパイプにも同じ物質が付着していた」
三つ子の博士達は口々に言う。
「それもヒトの羊水だ」
「こっちのパイプとこっちのパイプで、若干成分が違う」
「循環させていたと考えていいだろう」
本来ならば何かにつながっていたであろうパイプは千切ったように途中で切断されている。透明な中央のカプセル状の部分にはヒビが入っている。これらは制作途中ではなく破棄された物なのだ。
未完成のまま破棄されたのだろうか?それとも、役目を終えたからだろうか?
「キミ、ここを見たまえ」
三つ子の誰かが僕を呼んだ。
「ほら、この壁と床」
「後から塗り固められている」
「ここに何かが埋まっていると考えてもいいんじゃないか?」
僕を呼びながらも三つ子の博士は3人で盛り上がる。
推測するにもう100年以上前からこの施設は放棄されている。
地上部分はおそらくその放棄時に解体されたのだろう。この地下部分を残したのは故意にだったのかどうかわからない。
去年の大きな地震で、この辺りの土地が隆起し、地下部分が地上に現れたのだった。
「もしも、これが人工子宮だとしたら100年以上前にすでにヒトの腹を借りずに胎児を育てる技術があったということですね?」
ヒトがヒトを産むのは御法度である。それが定着したのはここ20年ほどの間だ。
出生率が減る一方の中、出産後、子どもを育てることを放棄する親も増え、子どもを養育するのが国の最重要項目になった。
養育を放棄された子どもを国が引き取る形を取っていたが、それに対して「不公平」を口にする者が増えてきた。「子育てをする者にも国費を与えろ」果たしてそうした結果、金だけ受け取り子育てを疎かにする者も出てくる。
国は決断した。
初めから国の子どもとすればいい。
遺伝子検査を義務付け、優良とされる遺伝子を持つ者に精子や卵子を提供させる。
そして受精からその後誕生・・に至るまで、全て人工子宮にて行われる。
もしも、ヒトが妊娠した場合、出産まで国の監視の下行われ、生まれた瞬間、子どもは国が引き取り、親は抱くこともない。
人工子宮の技術は50年ほど前に完成していた。
改良を重ね、受精卵が無事に誕生に至る確率が90%を超えたのが20年前。
減少を続けていた国の人口が増加に転じ始めている。
三つ子の博士達は初期の人工子宮世代であるし、自分はヒトがヒトを産み育てることができた最後の世代である。
だが、結婚の制度はなくなり、家制度も消滅した。
今だにきちんと血筋が続いているのは皇族をはじめほんの僅かな特定の一族だけだった。
人々は自分の幸福のため、それを支える国のために仕事をして報酬を得ている。
今、この国のほとんどの人が、今の状態に満足している。
かつての競争社会とは違う、だけど共産主義とも異なる社会国家に今世界が注目している。
自分たちは国という大きな生命体の一部のようだ。そう思っている。
転がる機械を前に、ふと疑問を感じた。
「一度完成された技術をもしも放棄したとしたら、その理由は何だったんでしょうね?」
誰にというわけではなく、三つ子の背中に問いかけた。
もしも、そのままこの技術が使われていたら、この国はもっと早くに今の姿に到達していたであろう。
それなのに。何故?
「それはこれがプライベートなものだったからだろう?」
三つ子の博士はこちらを振り向いて同時に言った。
「個人宅にしては大きな建物だが、国の設備にしては小規模過ぎる」
「現にここは国有地に登録されてそんなに経っていない」
「目的を達成してお役御免になったか。途中で諦めたか」
塗り固められたと言っていた壁を叩きながら、「ここを開けたら全てがわかるかもしれない」とひとりが言うと、「誰の所有地だったか調べる価値はあるかもしれない」ともうひとりが言う。
「100年以上前の技術がどのようなものであったか?キミも知りたいだろう?」
3人に見つめられ、僕は頷くしかなかった。
「まずは帰って報告ですね」
三つ子の博士は小躍りするかのように部屋を出て行った。
部屋を出る前にそっと機械に触れてみる。
乾いた冷たい感触にはちっとも生命を感じなかった。