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片方だけの靴下の王国

どうやってそこに辿り着いたのかわからない。
目の前には小顔で大きな金色の瞳を輝かせた王様がいた。
神々しいというか眩しいというか、まさに王様だ。
その王様が曰うた。

「キミが探している靴下はどれだ?」

王様の言葉にドキリとした。
ここに来る前、僕はクローゼットの前で座り込んでいた。
なぜか靴下が片方だけいなくなる。
シャワーの前に脱衣所で脱いで、そのまま洗濯機に入れているはずなのに気がつくと靴下は片方だけになっている。
全ての靴下が片方だけになるというわけではない。
黒い色がある靴下が片方だけになる傾向がある。全て黒かったり、横縞だったり、水玉だったり。とにかくある程度黒色の部分がある靴下が気がつくと片方しか見当たらなくなっている。

気がつくと片方だけしかない靴下を3つ握りしめていた。
「ほう。その3つか」
「あ、はい」
本当はもっとある。
王様は如何にも王様が座りそうな豪華な椅子に座ったまま、後ろを振り向くようにして「おーい」と誰かを呼んだ。
「なんですか?」
青い天鵞絨のローブを身に纏った誰かが奥からやってきた。
ローブのフードをすっぽり被って顔はよく見えない。
わずかに見える薄い唇は桜色をしていた。
「お迎えだ」
「あぁ、久しぶりですね」
そう言ってこちらを向くが、やはり顔はほとんど見えない。
王様よりも少し高めの柔らかな声は紛れもなく男性のものだ。
「その縞模様の2つは、それぞれ組み間違えられてセットになって引き出しの奥に入ってます。そして黒い羽根のワンポイントの靴下は引き出しの奥から落ちて、ボックスと引き出しの間に挟まってます」
スラスラと一気に言われ、呆然としていたら「もう一度説明いたしますか?」と言われ「あ、大丈夫です」と慌てて応えた。
フードの主は少し顔を上げてこちらを見た。
王様が慌てて立ち上がると、「あんまり見るな」とフードの主を隠すようにした。
「気に入ってもキミにはやらん」
「何をおっしゃっているんですか?はなから住む世界が違います」
「おぉ、そうだ。そうだな」
こちらを無視したふたりのやりとりをぼんやり眺めていた。
「それよりもあなた。まだ片方しか見当たらない靴下をお持ちですね」
「あ、はい」
「なんだ、キミ。それを言わないとわからないではないか。俺は法王のようにそちらの世界は見えないんだ」
「夏物の衣装ケースにも2つありますね。それはかなり気に入って履かれていたものではないですか?」
そうだ。お気に入りの靴下も2回しか履いていないのに片方がいなくなったものがあった。
「似た柄だと間違えてセットしてしまうようですね。どうせなら組み合わせ間違えてもいいように同じ靴下にすればいいのに」
顔の表情は見えなくても、フードの主・法王が少し呆れているのが伝わってくる。
「賢いな。法王。そうだ。同じ靴下にすると片方だけなくなってもローテーションできるぞ」
王様がまさに名案といった表情で言う。
「そうすればこの国の人口増加も少しは落ち着くかもしれない」
どういうことだろう?
「この国の住民は皆相方をなくした靴下なんだ。役目を終えられず、しかも忘れ去られたものがここで余生を送っている」
なんて寂しい国なのだろう。この王様たちも元は靴下だったのだろうか?
「失礼な」
王様が撫然とした顔で言う。
口に出していただろうか?
「あなたはわかりやすいですね。何を考えているのかすぐわかります」
法王も呆れたような声で言う。
「俺たちはこの国に来たものたちが寂しくないように見守っているのだ。たまにキミのように靴下を探している人間の手助けをして、こちらに定着しそうになっているものを本来の姿に戻す事も重要な役目だ」
見た目の割には地味な役割をしているな、と思ったが、地味などと思っているのが王様にバレたらまた怒られる。
「ふん。地味で悪かったな」
あぁ、やはりバレていた。
「さぁ、早く帰って法王が言った場所を探すんだ。そうすれば合わせて5足の靴下がまたキミと共に過ごすことができる」
5足といえばかなりの数だ。
「はい。ありがとうございます」
頭を下げた。
王様は満足そうに頷いた。



「キミもひとりかい?番い…でなくても相棒を見つけることだ。そうすれば心強いし、世界も広がる」
「はぁ…」
友だちはいるが、なんでも相談できる、何かをする時に一緒にやれる相棒は確かにいない。
おそらく王様の相棒はそこにいる法王なのだろう。
法王がこの部屋に来た時から王様の表情がより生き生きとしていたのを感じていた。

いつの間にか自分の後ろに扉があった。扉はひとりでに開いた。
靴下を握りしめて扉に向かった。
「あなたとあなたの靴下に神の祝福を」
法王の優しい声が言う。
「滅多なことではもう来るなよ。でもまた靴下を探す時にはいつでも来るがいい」
振り向くと、王様は椅子から立ち上がると法王と並んでこちらを見ていた。
法王がフードを取る。
王様に似た色の瞳が見えた。
優しい瞳だった。
王様が慌ててフードを被せる。
どうやら王様にとって法王は宝物のようだ。
宝物のような相棒がいるなんて羨ましいな…クスリと笑った次には、クローゼットの前に座り込んでいた。

夢だったのだろうか?
それでも法王の言葉通りに探したら、組み間違えた靴下と、ボックスの底と引き出しの間に挟まっていた靴下が出てきた。
夏物の入っている衣装ケースの中の短パンのポケットからやはり組み合わせ間違えたスニーカーソックスが出てきた。

「どうだ?言った通りだったろう?」
在処を教えてくれたのは自分ではないのに、こちらを見ている王様の得意げな顔が想像できた。