見出し画像

帰り道

学校の帰り道。いつも同じ道なのに、時々違うところに繋がっているような気がして怖くなる。
あの横断歩道を渡った先にあるのは、朝自分が出てきた家ではない。
家の扉を開けた先には、すでに自分がいる・・・とか、「おかえり」と出迎えてくれるはずの母が「あんた、誰?」と怪訝そうな顔を向けたら・・・とか、そもそもあるべき家がなかったら・・・とか。妄想は尽きない。

学校の校門を出てすぐにある公衆電話から、家に電話をする。
「はい。もしもし」
父の声に安堵する。
「あ、私」
「何?」
「迎えに来てほしいんだけど」
「なんだよ」
ため息混じりの呆れ返っているような声だけど、電話の向こうは自分の家だと思う安心感がある。
「じゃあ、行くから」
「うん」
電話ボックスを出て歩き出す。

俯いて歩く。
「いつも俯いて歩いているよね。首が少し右に傾いている」
友人に指摘されたことがある。
「何考えて歩いているの?」
何も考えずに歩けるのだろうか?とその時思った。
「いろんなこと」
そう返すと「ふふん」と鼻で笑った。

歩道橋を渡る。
日はすでに落ちていて、足元の影は外灯が作る。右に首を傾けた影。前に後ろに回り込むように。いくつもいくつもできる影はだけど全て自分の影で・・・本当に自分の影なんだろうか?
切れかけの電球の下を駆け足で進む。道路に面した誰かの家には灯りが灯っていたり、時には話し声が聞こえていたり。
早く家に帰りたい。15分の道のりがひどく長く感じる。
朝も同じ道を通っているのに何故だか違う道を歩いているような気になる。

押しボタン式信号のボタンを押す。
横断歩道を渡って5分ほど歩くと家に着く。
あと少しだけど、ここからが怖い。何故か怖い。
信号が変わるのを待っていると、道路の向こうに父がいるのに気がついた。
ほーっと息が漏れる。
早く向こう側に渡りたい。
信号が変わって、急いで父に駆け寄る。
「何が怖いってんだよ」
電話でも、今も「怖い」なんて一言も言ってないのに。
父の背中を見ながら歩く。
もしも、扉を開けた家の中に、もうひとりの自分がいても、「あなたは誰?」と言われても、父と一緒だったら全然怖くない。
そう思える背中だった。
「今日はカレーだって」
「ふうん」
途中、近所の自販機で父が煙草を買う。
もうすぐ家に着く。