邦キチー1グランプリ投稿『勝手にしやがれ!! 黄金計画』

「たしか部長はバディムービーがお好きでありましたな?」

「ああ、前にも言ったが俺はHOT FUZZが好きだし、考えてみれば俺が最初に感動した映画トイストーリーもバディムービーと言えるかもな」

「今日はそんな部長にぴったりの映画を紹介いたしまする。90年代Vシネマの名作『勝手にしやがれ!!黄金計画』であります」

「うーん、Vシネマかぁ」

「おや、部長はVシネマはお嫌いでありますか?」

「いや、嫌いとまでは言わんが、俺ら今時の若者が90年代のVシネマを見ても楽しめるのか? ほら、なんというか、あの手の映画には、お色気と暴力がやたら出てくるだろう? おじさん向けの分野というか……」

「部長、ご安心くださいませ。『勝手にしやがれ!!』は主演の哀川翔と前田耕陽の軽妙な掛け合いが愉快な楽しい作品でありまする。そして本作の監督を務めるのは、あの黒沢清! CUREで国際的に有名になる前年の1996年まで、『勝手にしやがれ!!』は6作品も作られた大人気シリーズであります」

「しかし、邦キチよ、その作品が愉快というのは本当か? 黒沢清監督の作品には、人の不安感を掻き立てる不穏さが漂うというイメージがあるのだが……。以前に見たクリーピーは愉快とは真逆の怖い作品だったぞ」

「部長、コメディアンの語る怪談話を、やたらと怖いと感じたことはありませぬか? 観客を怖がらせるのが上手い人は、観客を笑わせるのも得意なのであります」

「なるほどな。確かに落語家は怪談話もするし、松本人志の警察官の話はめちゃくちゃゾッとしたな。恐怖と笑いは紙一重というわけか。少し興味が出てきたな。それで、具体的にはどんな話なんだ?」

「はい、哀川翔の演ずる雄次と前田耕陽の演ずる耕作は、裏社会の依頼を受けるチンケな便利屋であります。そんな2人は人探しの依頼を受けて、天本英世の演ずる老人を探し出します」

「ふむ、便利屋とは典型的なハードボイルド映画の設定だな。ベタだが、俺は好きだぞ」

「それで2人が老人ホームにいた老人のもとを訪ねると、老人は雄次から走って逃げ出して、心不全で死にまする」

「お、おう」

「その後、雄次は老人の孫娘の律子と知り合い、老人が昔に銀行強盗した5000万円が行方不明ということも明らかになります。更に、昔の強盗仲間や金を横取りしたい悪徳刑事も表れ、5000万円をめぐる3つ巴の争奪戦を繰り広げるのであります」

「ほう、確かに明るく愉快なドタバタ劇になりそうな話だな」

「はい、そうなのであります。基本的には明るい話でありますが、悪徳刑事が無言で人を射殺するなど、所々で黒沢監督らしい不穏さも発揮しているので、黒沢監督のファンにも満足いただけるようになっております」

「いや、別にファンは不穏さを期待しているわけではないと思うが……」

「何よりもこの映画の見どころは、雄次と耕作の仲の良いところであります。故障したポンコツ車を一緒に押す2人、意見が対立した時にあっちむいてホイでどちらにするか決める2人、温泉旅行の計画をする2人、EDで森のくまさんを一緒に歌う2人。この映画が明るいのは、2人の雰囲気が良いおかげと言っても過言ではありませぬ」

「ああ、それは、マリアがいつも言っている関係性というやつだな」

「ところで、部長、わたくしはこの映画を見てハードボイルドとは何かを理解いたしました。女性と子供に振り回されるのがハードボイルドであります」

「女性と子供に振り回される? うーん、まぁ、確かに、ハードボイルド作品の主人公は美女に騙されたり、子供の頼みに弱かったりするかもしれないが」

「律子は美人であり、子供っぽいところもあり、ハードボイルドの主人公を振り回すにはうってつけの役なのであります。まず、律子は2人の留守中に家の物を持ち出して売ろうとします」

「そいつは酷いな」

「ですが雄次はべらんめえ口調で怒りつつも、その後も律子が家に入り浸るのを許します。それから、律子は2人の家財道具を全て盗んでフリーマーケットで売ろうとします」

「またか! さすがにそれは許せる一線を超えているだろう」

「いえ、また雄次はべらんめえ口調で怒りながら、再び律子を家に入れるのであります」

「雄次は寛大すぎないか?」

「それがハードボイルドなのであります。本作で雄次が本気で怒るのは、悪徳刑事の横暴さに対してだけでありまする」

「今時の作品なら、共感を得られないヒロインが出てくると炎上するぞ」

「そこは問題ありませぬ。ラ・クカラーチャを歌う律子の姿が可愛らしくて、彼女がラ・クカラーチャを歌い出せば、観客も律子を許してしまうのであります」

「何だ、その『祈れば全ての罪が許される』みたいな世界観は?」

「その後に律子はバイト先のバーの備品を全て持ち出して売りますが、大杉漣が演ずるバーのマスターが怒るわけでもなく、盗まれた悲しみを珍妙な踊りで表現するのもハードボイルドでありまするな」

「いや、俺の知っているハードボイルドとはだいぶ違うぞ」