「シロナガス島への帰還」の感想:キャラクターの魅力を上げる仕掛けが満載された作品

同人ゲームとしては異例の12万本を販売するヒット作になり、クラウドファンディングで約2600万円を集めてスイッチでのゲーム化が決定。
しかし、有名声優陣によるフルボイス化、いとうかなこ氏によるイメージソングの作成、豪華な返礼品、その他諸々に惜しみもなくお金を注ぎ込んで200万円の赤字を出したという採算度外視の趣味の道楽を極めたような作品が、今回に紹介する「シロナガス島への帰還」です


本作のジャンルはミステリとなります。ゲームの雰囲気は、以下のトレイラーをご覧いただければ、何となく分かるかと思います


ネタばれありで本作の感想を以下に書き連ねるので、本作を未プレイの方はご注意ください。
ですが、作品の犯人などについてはぼかしていますので、興味はあるけれど、どんな作品か分からないと購入に踏み切れないという方は、私の感想を参考にしていただければ幸いです。

本作の魅力

本作は、キャラクターを楽しむ作品だと私は思いました
以下で本作の設定について、私はグダグダと感想を述べますが、それらは全ては蛇足です。
魅力的なキャラクターに出会うために本作を購入すべし。私がどうしても言いたいことは、それだけです。

主人公の探偵、池田戦は、ハードボイルド系の探偵です。ヤレヤレ系や傍観者系の探偵が増えた中で、昔懐かしい古き良きタイプの探偵です。

出雲崎ねね子は、陰キャでわき毛も剃らず、風呂嫌いで体臭があるという癖のあるキャラです。最近の流行の、包容力のある陽キャ路線とは真逆を行くキャラクター造形です。

このように主人公コンビは市場をマーケティングすれば絶対に出てこないようなキャラクターであり、趣味で作った同人作品ならではのキャラクターとも言えます。
ですが、需要というのは、自分で作り出すものでもあります。
現在では時代遅れなタイプの探偵でも、過去に類のない癖のあるヒロインでも、作品を通して魅了されるようなキャラクターならば、人気は出るものです。

凄惨な悲劇を前にしても心が折れず、巨大な悪に怯むことなく挑み、どんな苦境にでも立ち上がることができるハードボイルド系の探偵は、とても頼もしく映ります。

常にオドオドしながらも、大好きなパートナーと仲間を守るために、その才能を発揮して、懸命に頑張るねね子に対して、物語が進むにつれて好感度は上がる一方です。ねね子を見ていて、私は不憫可愛いの何たるかをようやく理解できました

多くのプレイヤーが、この需要の少ないタイプの主人公達にハマっている証拠に、ネットではファンアートや感想を幾つも見ることができ、スイッチ移植のクラウドファンディングでは2600万円を超える応援を集めることができました。

また、敵と犯人が別なのも本作の面白いところです。
本作は犯人の捜索をする探偵物語と巨大な悪と戦うアクション作品が融合したような趣があります。
特に犯人判明後は、バイオハザードのような展開になだれ込みます

敵を同情の余地が少しもない絶対悪として描いているのも、敵にも事情があるタイプの作品に慣れた人には新鮮に映るかもしれません。
敵が憎むべき相手であるからこそ、それと戦う主人公を応援したくなり、頼もしく思えます。
本作は、主人公側の好感度を上げる仕組みや演出がいたるところに配置されている作品であります

リアリティラインについて

本作のリアリティラインはトンデモSFを採用したり、敵組織の設定が変だったりと緩めに設定されています。

敵組織の設定が変と私が言う理由は、不死や生物兵器の研究の資金稼ぎに児童買春や臓器売買をするという彼らの行為がおバカなものだからです。
不死の研究をしていれば、資金なんてどこからでも好きなだけ調達できることでしょう。
不死という人類の夢を研究していながら、チンケな犯罪で資金稼ぎをしようとしているのは、世界征服を狙うショッカーが幼稚園の通学バスジャックをするのと同じような、目的と手段の乖離があります。
本作でも研究が破綻した原因は、この余計な売春と臓器売買をして恨みを買ったせいなので、本末転倒もいいところです。

そういえば、シュタインズゲートの外伝作品で、世界を裏で操る秘密組織が転売屋で資金稼ぎをしている描写を見た時も同様の感想を抱いたのを思い出しました。
普通に活動していれば莫大な資金を自由にできる組織が、何故か姑息な犯罪行為で小銭稼ぎに奔走するという矛盾があります。

勘違いしないでいただきたいのは、私はこの設定のチグハグさが悪いとは少しも思っていません。
例えば、アンパンマンに対して「どうして犯罪行為をするバイキンマンを捕まえて拘束しないのだ?毎回アイツを逃がすから、繰り返し犯罪に及ぶのを許している」と批判するのは野暮なことです。
その批判は作品の欠点を指摘したものではなく、批判者が作品のリアリティラインがどこにあるのかを理解できていないだけのことです

私は敵組織の設定の緩さから、本作品はリアリティラインを低く設定しているタイプの作品と判断しただけです。それが悪いことであるとは一言も言っていません。
この作品は、リアリティのある悪を描くことを目指していないのは明らかです。
この作品の敵に求められることは、主人公が憎むに値する絶対悪であり、物語の悲劇の元凶となる存在であることです。
ですから、敵組織が目的から外れたバカなことをしているのは、どうでもいいことなのです。

児童買春という設定があるからこそ、本作の復讐譚が生まれ、臓器売買という設定があるからこそ、本作の登場人物たちの奇妙な縁が生まれたのです。
物語を魅力あるものにするために必要な設定ならば、どれだけバカな設定であったとしても、付け加える価値があります

リアリティを守るために作品をつまらなくするくらいならば、リアリティはどんどん破壊していけ、と私は主張します。
特に孤島ミステリが怪物総進撃に急変するラストの展開は、リアリティラインが極限まで下降した反面、物語が最高潮に盛り上がり、私はとても楽しめました。

SFギミックについて

先ほども書いたように、本作に登場するSFギミックは、超科学過ぎてトンデモSFに分類されるようなものです。
更に言うならば、仮想現実や脳スキャン、不死などのSFギミックは、もはや使われ過ぎて陳腐化したものであります。
ですが、この世に新しきものは何もなしという言葉が示すように、陳腐化していないSFギミックなんてほとんどありません。
大事なことは新規のSFギミックを採用することではなく、古くからあるSFギミックを物語の中でいかに上手く活用するかであります。

その点で、本作は素晴らしく巧妙にSFギミックを使用しています。
SFギミックが物語を進めるための単なる舞台装置になっているのではなく、キャラクターの魅力を高める役割を果たしています。

例えば、物語の主要人物の一人が、仮想現実内にだけ存在したという展開は、とても斬新でした。そして、その人物の正体が判明するにつれて、仮想現実での何気ない会話が、とても重要で切ないものであったと分かる仕掛けになっています。
こうしてプレイヤーは、その人物のことがとても好きになり、犯人Xが抱く敵への憎悪を共有できるようになります。
仮想現実というギミックが、キャラクターの内面の理解を深めるのに上手く使用されているわけです。

推理パートについて

リアリティラインは低めと言いましたが、推理パートはしっかりと作られています。
与えられた手掛かりを元に推理すれば、ミスリードを誘いつつ、誰が犯人なのかが特定できるようになっています。
ミステリとしての根幹はしっかりとしているので、他の設定に多少ガバガバなところがあっても多くの人々に支持される作品になれたのだと私は考えています。

なお、本作はメタ的な視点から、推理することもできたりします。
「この声優が起用されているならば黒幕はこいつだな」と分かったり、「物語の展開上、こいつが潜入捜査員で、こいつが犯人だと一番盛り上がるだろうな」という推測もできます

このような方にお勧めの作品、ちなみに続編もあります

このように本作はミステリとアクションを融合したような不思議な作品で、多少の設定のガバガバさをあえて残し、魅力あるキャラクターを作り出すことに全振りしている作品であると私は思いました。

頼もしい探偵と不憫可愛いヒロインを楽しみたい人は本作を楽しめることでしょう。
逆に、ミステリは現実的に矛盾のないものでないと我慢できないという人は本作は not for me となる可能性があります

なお、本作を楽しめた人は、この魅力的なキャラクターを更に楽しみたいと思うことでしょう。
そんな供給不足にあえぐ人に朗報なのは、本作の続編が近いうちに販売されます。
現在は体験版が無料で配布されているので、是非ともダウンロードしてお楽しみください