海外のステーブルコインって、日本で取り扱えないの?(できる。でも工夫も要る。)
こんにちは、プログラマブルな信頼を共創したい、Progmat(プログマ)の齊藤です。
第4回記事では「Progmat×ステーブルコイン」を解説し、よくある”誤解”に対する”正解はこれ”をくわしく解説しました。
超要約すると、
「Progmat」は独自のブロックチェーンの名称ではありません。
既存のブロックチェーンを、用途に応じて使い分けるシステムです。
なので、”独自のブロックチェーン”を提供するプロジェクトとは、原理的に競合せず、棲み分け/共創可能です。
「Progmat Coin」は独自のステーブルコイン銘柄名称ではありません。
Progmatシステムシリーズのうち、ステーブルコインを発行/管理するためのシステム名称が「Progmat Coin」です。
なので、”独自のステーブルコイン(JPY●、USD●、●●コイン等)”を発行するプロジェクトとは、原理的に競合せず、むしろ顧客/パートナーです。
「Progmat Coin」システムは、必ずしもプライベート/コンソーシアムチェーン(直接的にいえばCorda)を利用するわけではありません。
利用ケースに合わせて複数チェーンを使い分ける前提で、パーミッションレスチェーンの中で対応する優先順位は、顧客ニーズに即して決定します。
現時点での最優先チェーンは、パーミッションレスチェーンのEthereum(まずはL1)です。
でした。
そんな中、CoinDesk(米)に取材いただき、「海外から見て、日本がいかにステーブルコイン規制をリードしているか」についての記事が公開されました。(日本語版もあります)
海外では、既に時価総額18兆円超の”既存ステーブルコイン”が存在します。
(2023年10月時点)
明確な規制がない中でも、”グレーゾーンはGo”の海外(=判例法主義、ポイントは第2回記事をご参照)では発行が可能で、クリプト領域の取引等で利用されている実態があります。
日本では世界に先んじてステーブルコイン法制が施行され、「日本産ステーブルコイン」を海外に移転できるようになったわけですが、
逆に既に存在している「海外産ステーブルコイン」はそのまま国内に持ち込めるのでしょうか?
ということで、第5回目の本記事のテーマは、
「海外のステーブルコインって、日本で取り扱えないの?」です。
答えは、「できる。でも工夫も要る。」
前提、何が「リスク」か?
規制の目的はさまざまですが、特に金融の世界では過去のさまざまな不正/事故を踏まえた「利用者保護」を目的としていることが多いです。
「海外産ステーブルコイン」を利用する方々を保護するうえで、何が「特有のリスク」でしょうか?
それは「海外発行体の信用リスク」です。
「日本産ステーブルコイン」は、発行体が「銀行」「資金移動業者」「信託」に限定され、発行体としての規制を受ける点はこれまでの記事で解説してきたとおりです。
「海外産ステーブルコイン」は、発行体が日本の法域外の外国籍事業者のため、国内当局は直接規制することができません。
2022年に発生した「FTXショック」のような事態が絶対に発生しないとは言い切れず、日本の利用者にとって「ある日突然価値がなくなる”ステーブルじゃないコイン”」になってしまうリスクがある、ということです。
方法①:そのまま持ち込む代わりに、仲介者が犠牲になる(さらに、利用シーンも選ぶ)
そこで、今回の改正資金決済法で課された「規制」が次の2点です。
大前提、海外のなんらかの規制に服している「海外産ステーブルコイン」でなければ、持ち込めない
そのうえで、「海外産ステーブルコイン」を持ち込んだ仲介者(※)が、顧客預りステーブルコインを全額信託保全すると共に、更に預りステーブルコイン残高と同額の法定通貨を、自己勘定(自分のお金)で常に確保しなければならない
※暗号資産における「暗号資産交換業者」のポジションで、ステーブルコイン(電子決済手段)においては「電子決済手段等取引業者」
持ち込める対象
まず1点目について、個別銘柄名の言及はしませんが、既存の「海外産ステーブルコイン」においても、既存の関連規制に服しているものと、服していないものが存在します。
前者については日本に持ち込むことも可能ですが、後者は認められない、ということです。
ちなみにこのような日本の規制の考え方に倣って、海外でも同様の規制が整備されていくと、「どこかしらの国の規制に則ったコイン」は世界中を正面から自由に流通しやすくなりますが、「規制に服していないコイン」はいずれの法域からもシャットアウトされることになります。
日本発のこのような考え方自体は、海外当局からも一定の賛同の声があるようです。
自己勘定(自分のお金)で同額の法定通貨を確保
次に2点目について、「顧客預りステーブルコインを全額信託保全」すること自体は、海外産か日本産かを問わず適用される内容で、要は「顧客資産は分別管理せよ」ということで、金融商品においてはある意味当たり前の話です。
特有の要素は後段の「預りステーブルコイン残高と同額の法定通貨を、自己勘定(自分のお金)で常に確保」する、という内容です。
海外発行体が破綻した場合等、「1億ドル分のコイン」が「ほぼ0ドルのゴミデータ」になる可能性があります。
こうした場合に、顧客から直接預かっている立場である仲介者が「預かっていた1億ドル分」を顧客に返還できるように、「預かっているコイン残高と同額の資金をしっかり確保しておけ」ということです。
仲介者からすると、本来様々な用途に利活用できるはずの資金が根雪としてロックされてしまい、会社としての資金効率は著しく悪化します。
したがって、
ステーブルコイン利用者にとっては何も悪い点はないのですが、実際問題、ここまでの犠牲を払って「海外産ステーブルコイン」をそのまま持ち込みたい仲介者がだれなのか?という話になります。
さらに、送金上限額100万円も課される
仮に、そのような仲介者がいるとしましょう。
「海外産ステーブルコイン」を直接持ち込む場合、「銀行型」でも「信託型」でもないとすると、「資金移動型(2種)」の仕組みで扱うことが想定されます。
「資金移動型(2種)」の場合、前回記事でも触れたとおり、1回あたりの送金上限額は100万円です。
これは正直、利用シーンはほぼ「個人/小口取引」に限定されるといわざるを得ません。
方法②:アンホステッドウォレットでの管理に限定する(実質、かなり人と利用シーンを選ぶ)
正面から取り組む方法①以外に、うまい方策はないのでしょうか?
ここで、先ほど述べた次の文言に着目します。
”預りステーブルコイン残高と同額の法定通貨を、自己勘定(自分のお金)で常に確保”
自己勘定で資金を確保する対象の残高は、「顧客から預かっている」コイン分のみです。
ということは、顧客から1円も預らなければ(”宵越しの顧客コインをもたない”)、資金を確保する必要もない、という整理も可能かもしれません。
※為念、齊藤は弁護士ではないので、法律事務所のプロフェッショナルの先生方にご相談ください
これはつまり、
仲介者として「交換機能」だけ提供することに徹し、「カストディアルウォレット(預り)」としての機能は提供しない、というモデルといえます。
このモデルにおける前提は、
各利用者は仲介者から購入した「海外産ステーブルコイン」を、購入後そのまま利用者自身のウォレット(アンホステッドウォレット)で受領して管理できなければならない、ということを意味します。
方法①でも触れた「送金上限額100万円」の制限自体はそのままのため、
この方法の場合の結論として、
利用者は「アンホステッドウォレット」を使いこなせる人に限定される
利用シーンはほぼ「個人/小口取引」に限定される
といえます。
逆に言えば、
だれでも使える素敵なウォレットが存在し、個人間の少額取引で利用する分には、この方法でも必要十分ということもできます。
方法③:信託スキームを用いて「海外ブランドコイン」をつくる
方法①②で課されるような制約を回避し、もっと広範な利用者/利用シーンで利用できるようにする方法はないのでしょうか?
日本法人をつくって「銀行業」か「信託業」をとる?
ごくシンプルに考えると、
海外発行体が日本法人をつくり、この日本法人が「海外オリジナルコインと同じブランドコイン」を発行する方法はどうでしょうか?
この場合、発行体となる日本法人は「銀行業」「資金移動業」「信託業」のいずれかのライセンスを取得する必要があります。
「送金上限額100万円」を外すという目的を踏まえると、選択肢は「銀行業」か「信託業」になりますが、一般論としてハードルは高い(ライセンス維持する負担/コストも大きい)でしょう。
日本市場への進出を検討する海外籍発行体にとって、もっと簡単な方法はないのでしょうか?
信託スキームにおける「信託委託者」になり、「既発海外産コインと同ブランド」のコインを発行する
ここで、前回の記事でも解説した「信託型ステーブルコイン」スキームを振り返りましょう。
ステーブルコイン参入事業者にとってのポイントは、【信託委託者】のポジションでした。
【信託委託者】は、●●コインを発行するための信託(以下、SC発行信託)を設定する、企画者/ビジネスオーナー。
【信託委託者】が●●コインの名称やスキーム関係者を決定する立場。
【信託委託者】は、何のライセンスも必要ない。
【信託委託者】は、「持ち出しなし」「バランスシート影響なし」。
【信託委託者】に求められる要素は、「いかに需要を生み出せるか(≒ユースケースを開拓できるか)」。
ここにもう1つ、ポイントを追加しましょう。
それは、
【信託委託者】は、国籍不問。
最後の点は、もちろん【信託委託者】と直接信託契約を締結する【信託受託者】次第ですが、
既存の信託ビジネスにおいても、海外籍事業者が信託契約の当事者になる実績はあり、国籍自体がノックアウトになるわけではありません。
(通常、受託審査というプロセスで取引先としてのチェックが入ります)
ということで、
海外籍発行体が日本にステーブルコインを持ち込む場合、
直接【信託委託者】として「SC発行信託」を設定すれば、以下の4点を実現できます。
仲介者の犠牲なし。
ウォレット(≒利用者)制約なし。
送金上限額(≒利用シーン)制約なし。
日本法人/ローカルライセンス必要なし。
課題はある?
多くのメリットを有する「海外ステーブルコインブランド×信託スキーム」ですが、課題はないのでしょうか?
日本市場への進出を検討する海外籍発行体にとっては、次のようなポイントが検討論点になるでしょう。
収益性
スキームコスト
互換性
まず1点目、「収益性」についてです。
第3回記事でも触れたとおり、利用者にとっても重要な「絶対にデペッグしない」という「通貨建資産性」を担保するため、
日本のステーブルコイン法制は裏付け資産の運用方法について比較的厳格です。
少なくとも2023年10月時点では、海外でステーブルコインを発行する場合の固有の規制はなく、裏付け資産の運用については良く悪くも自由です。
(当然、その分のデペッグリスクを利用者が負担する形になっています)
したがって、海外籍発行体目線で考えると、
”今”日本でステーブルコインを発行するケースでは、海外で発行する場合と比較し、裏付け資産の運用から発生する収益水準に違いが生まれるでしょう。
次に2点目、「スキームコスト」です。
他スキームと比較した場合の有利な点も多く、なんとなくの固定観念もあって「高い」と思われがちですが、
これは【信託受託者】となる信託銀行等のビジネスモデル次第です。
”Progmat Coin”システム×三菱UFJ信託銀行で実現する場合のマネタイズモデルについては、別の機会にまとめたいと思いますが、
「リーズナブル」ということだけは先に明言しておきます。
3点目は「互換性」です。
「海外産のオリジナルブランドコイン」と「日本産の同一ブランドコイン」とは、同じブランド名のコインだとしても、
発行する器/スキームは異なるものとなります。
仮に、前者を”USD○”、後者を”USD○j”とすると、
例えば国内で"USD○j"を取得した利用者が、”USD○”と同じ利用場所や利用方法で使えるかは必ずしもわかりません。
仮に利用場所や利用方法が同一でないとすると、取得た"USD○j"を"USD○"と常に等価交換可能なのか、が気になるところです。
ただしこれは、課題というよりも、
「いかに需要を生み出せるか(≒ユースケースを開拓できるか)」をミッションとする【信託委託者】のToDoです。
ビジネスオーナーである【信託委託者】がビジネスレイヤーの相互交換性を志向するとして、それを法的にも担保する【信託受託者】と、技術レイヤーで担保する【基盤開発者】の協力が不可欠となります。
ということで、
1点目は構造的な論点ですが、
2点目と3点目は「適切なローカルパートナーと組めるか否か」といえます。
「安全性」と「収益性」を巡る国内外の潮流
構造的な論点である「収益性」に関連し、
2023年10月時点の規制状況を端的にいうと、次のとおりです。
【海外産ステーブルコイン】
:事業者にとっては収益性を担保しやすい(裏付け資産運用の制約無し)
:利用者にとっては安全性が高くない(デペッグリスクを抱える)【日本産ステーブルコイン】
:利用者にとっては安全性が高い(常に法定通貨と等価で交換)
:事業者にとっては収益性が高くない(裏付け資産運用の制約有り)
但しこれは、海外にとっても日本にとっても恒久的な内容ではなく、あくまで動的に変化する規制の”現時点の暫定的状況”といえます。
まず実際問題、海外でも日本と同様に、ステーブルコインの「安全性」を高める(「収益性」が低減しえる)規制の整備が進められていくトレンドにあります。(日本は先を走っているだけ)
次に国内規制ですが、目的はあくまで「安全性=利用者保護」であって、裏付け資産の運用制約はただの方法論/手段です。
たとえば、
とある日本産ステーブルコインの発行残高が1兆円を超えていて、同額の預金が全て単一の銀行Xで運用されているとすれば、「安全性=利用者保護」の観点でいかがでしょうか?
(シリコンバレーバンクを思い出してください)
銀行Xは、絶対に破綻しないわけではありません。
ステーブルコインの発行規模が単一の銀行にとって相応に大きくなってきた場合、特定の銀行よりもむしろ国の信用リスクに依拠した方が、「安全性=利用者保護」に資する、という考え方はあり得るのではないかと思います。
国の信用リスクに依拠する≒国債で運用する、ということです。
一定の即時換金ニーズに応えるために、一定割合以上は「預金」としておいておくことは必須だと考えます。
ですが、実際のステーブルコイン発行後の運用実績(どの程度の割合で換金され、逆にどの程度が長期で運用可能な”根雪”なのか)も踏まえて、発行残高が大きくなってきた場合に、一定割合はむしろ国債で運用することを基本とした方が、より適切に目的を達せられるのではないか、
と個人的には考えています。
つまり、今後の潮流を考えると、国内外差は良くも悪くも縮まっていくと考えられます。
”今”の状況だけに囚われず、むしろ大局を見据えて今からしっかり種をまいておく、ということが重要です。
最後に…
まとめましょう。
海外産ステーブルコイン(海外SC)をそのまま持ち込むと、送金上限額は100万円となり、そもそも取り扱う仲介者はかなり犠牲になる。
海外SCを取り扱う仲介者がカストディせず、利用者のアンホステッドウォレット管理限定とすれば、送金上限額100万円も受け入れれば、直接持ち込みも可能。
信託型SCスキームを用いると、「仲介者犠牲なし」「ウォレット制約なし」「送金上限額制約なし」で、海外籍発行体でも「日本法人/ローカルライセンスなし」でも発行が可能。
検討論点は「収益性」と「ローカルパートナー」。
「収益性」について、国内外差は縮まっていく潮流もあり、大局観とタイミングが重要。
ということでした。
2023年6月施行のステーブルコイン法制と、”Progmat Coin”に関連してよく論点になる部分について、第3回記事~第5回記事(今回)で、ひととおり大枠を解説してきました。
これでも「基本編」なのですが、やはり「信託」が肝であり、かつ難しく感じる部分だなーと認識しています。
(だからこそ、信託出自のProgmatのMoatにもなっているのですが…)
ということで、「RWAトークンと信託の本質」についても、
図解/言語化していきたいと思います。
セキュリティトークン(ST、デジタル証券)で一部の方には市民権を得つつある「受益証券発行信託」(受益権原簿)と、
信託型ステーブルコインにおける「信託」(受益権消滅発生型)は全く異なるスキームだったりもしますので、
そのようなマニアックな部分も含めて解説するつもりです。
お楽しみに!(日本で何人興味があるのか…)