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mixed book review:夜が明ける(西加奈子)×無理ゲー社会(橘玲)

【mixed book review】
現代の貧困がテーマの2作品をmixしてレビューします。

No.1 夜が明ける/西加奈子

2名の主人公の、高校時代から30代前半までの半生を描いた作品。とにかく、この2名の主人公が、実際の同級生を思い出してしまうくらい、本当にいる人物のように感じる。僕が同じくらいの年齢なので、余計にそう感じるのかも。で、そういう登場人物たちが、少しずつ、苦しい状況に追い込まれていく。読者(神)の視点で「30年くらい生きていれば、誰だって苦しい時もあるよ」と思うのは簡単だけど、実際に物語の渦中に投げ込まれると、そこから抜け出すことは容易ではないことを痛感する。帯に掲げてある「圧倒的な再生と救済」という文字から、物語の中盤まで、ぼくはこの物語の結末が(村上龍的な)破壊やテロリズムに結末を迎えると思っていた。しかし、実際はもっと静かで、日常的だった。

この物語に登場する、再生と救済とは何かを、君は見たか?
それがなぜ、「圧倒的」だと言えるのか?
この物語は、ほんとうに、「夜が明けた」のか?
色々と議論したくなる、良い作品でした。

No.2 無理ゲー社会/橘玲

階層化が進んだ現代社会において、個人の努力で自己実現し成功することがほとんど不可能である=「無理ゲー」化していることを書いた作品。サブカル・陰謀論・財政など言及する話題の幅が浅く広いのは、おそらくマーケティングの賜物。ぼくの好みではないけど、この本を読む人が1人でも増えるのなら嬉しい。所々にかなり鋭い指摘があった。下記の部分は、ちょっと耳が痛くなりませんか?

p264 ある問題が原理的に「解決可能」であれば、その解を誰よりも先に発見し、主張することはものすごく気分がいい。こうして知的な (あるいは自分を「知的」だと思っている) ひとたちは、世界を変えることに夢中になる。それは社会のなかでの地位を引き上げ、自尊心を高める(無意識による)必死の努力なのだ。しかし、ものすごく深刻な問題が目の前にあったとしても、それが原理的に「解決不可能」だったらどうだろう? そんなものにかかわりあってもなんの意味もないのだから、 ほとんどのひとは興味も関心も示さないはずだ。

ぼくらの夜は明けるのか?

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