VTuber戦国時代はすでに終結し、天下統一されている

 キズナアイの登場以来増殖し続けるVTuberはすでに8000人を突破したと言われる。そして、その様子を戦国時代の群雄割拠に例えて「VTuber戦国時代」などと呼ぶ人たちもいる。しかし、果たして本当に今のVTuber界隈は戦国時代と呼べるような状況なのだろうか?

 現在のVTuber界隈で下剋上は起こり得ない

 まず日本の戦国時代の華と言われる事象として、家臣が主君を倒し成り上がるという下剋上がある。広義には単に下位の階級のものが上位の階級のものに取って代わることを指すこともある。典型的な下剋上の例としては親子二代で成り上がったとされる斎藤道三などが有名だが、広義には農民から一代で天下人へと上りつめたとされる羽柴秀吉(豊臣秀吉)なども含めていいだろう。

 では、VTuber界隈ではそのような下剋上が起こり得るのだろうかと問われれば、その答えはNoだと言わざるを得ない。ここでの「下剋上」は、VTuberのイメージをトップ層に代わって塗り替えるほどの強力な存在の登場として定義しておこう。

 そもそもバーチャルYouTuberとはキズナアイが名乗り始めたことで生まれた存在であるし、今では死語となっているが偉大な先駆者として名を挙げられるバーチャルYouTuber四天王(キズナアイ、輝夜月、ミライアカリ、電脳少女シロ、ねこます)と呼ばれる存在もいる。
 のちにねこます氏がVTuberを引退し、登録者数も猫宮ひなたなどに抜かれたが、猫宮ひなたを代わりにバーチャルYouTuber四天王として数えようなどという動きはほとんど見られなかった。VTuber界隈はまず先駆者たちの功績が偉大過ぎるのである。

 加えてその猫宮ひなたであっても、キズナアイ、輝夜月、ミライアカリ、電脳少女シロの登録者数に追いつけているわけではない。これは初期のVTuberブームに乗れていたか否かというのが大きな要因であり、猫宮ひなたが活動を開始した2018年2月にはすでにブームが落ち着いてきていたのは補足しておく。

 しかし、そうした事情は考慮されず数字で評価されることは現実として少なくない。この点は【数字より大事なのは熱量だ。だからこそ数字の話をしよう】でもすでに論じてきた。そんな事情は重々承知しているつもりであっても、猫宮ひなたが下剋上を果たしたなどと説得力を持って訴えることは難しいだろう。なお、ここではあえて猫宮ひなたを例に挙げただけで他意はないし、彼女の登場はある意味ではキズナアイよりも衝撃的であったことは強調しておきたい。

 一方で、特殊な事例として論じておきたい存在としてはゲーム部プロジェクトや月ノ美兎がいる。先の騒動までは間違いなくVTuberとしてはトップクラスの動画再生数や生配信同時接続数を誇っていたゲーム部プロジェクトや、それまで3Dでの動画投稿が主体であったVTuber界隈を2Dでの生配信主体へと変えた月ノ美兎は、下剋上を成し遂げたと言えなくもなさそうだからだ。

 しかし、おそらく彼らはキズナアイなどとは別の舞台で戦っている存在だと広く認識されているのではないだろうか。ゲーム部による演劇部などと言われるアニメ風の動画はどうしてもVTuberの一般的なイメージだとは言いづらいし、月ノ美兎も「3Dでの動画投稿が主体であった」という事実に対すると、王道のやり方をしているわけではないと認識されているように思う。
 それでもアピールの仕方次第では新たなVTuber像を形成することも可能だったと思うが、彼女自身がシロ組(電脳少女シロのファン)であることを初期から公言するなどしており、下剋上を望んでいなかったように思われる。
 そして、そんな彼女自身も今でも間違いなくにじさんじの中ではトップに君臨していると言えるだろう。同期や後輩のライバーたちが彼女の人気を超えるというのも容易いことではない。こうしたサブカルチャーでは、先駆者が圧倒的有利であり、下剋上は容易くは起こり得ない

 VTuberの総数は戦国時代としては少なすぎる

 そもそも8000人のVTuberがいると聞くと、とてつもない数字のように思えるが、一方である調査によれば10代から30代の男女500人のうち、18%がYouTubeでの動画投稿、あるいは生配信の経験があると回答したという。単純に考えるとVTuberの総数と比べて桁がふたつは違うだろう。

 もちろん一回の動画投稿で辞めてしまった場合や、身内に見せるためだけの配信をしたことがあるといった場合も含めてのことだろうが、VTuberに関しても半数以上は非アクティブ状態となっていると言われる。下記は2018年末の調査によるデータだが、アクティブ率の割合としては現在も大した差はないと思われる。

 そう考えると、現在のVTuber界隈はたった4000人の世界であり、その程度のレベルで「VTuber界隈は戦国時代である」と定義することも疑問である。百歩譲って言えば、兵をあげた者たちの半数以上がすでに討ち果たされた状態であり、すでに天下統一が成し遂げられたあとである。

 VTuber界隈の天下人は誰なのか?

 では、VTuber界隈を天下統一したのは一体誰なのだろうか? 「それは当然キズナアイである」と回答したいところだが、それも少々疑問がある。キズナアイがVTuber界隈のトップであることは疑いようがないが、他のVTuberとの交流は少なく、VTuber文化の中心にいるとは言い難いからである。

 対して電脳少女シロはニコニコ生放送でのイベントや、『バーチャルさんはみている』『超人女子戦士ガリベンガーV』などで、多数のVTuberとの共演経験もあり、VTuber文化の中心人物であるだろう。同僚のばあちゃるも多数のイベントで司会を務めてきたし、プロデューサーとしてアイドル部を育てた実績もある。正確には「.LIVEが中心となってVTuber文化を牽引している」ということである。

 尤もこう言えば、異論・反論があるのは重々承知している。もちろん輝夜月、ときのそら、富士葵、田中ヒメ、鈴木ヒナ、ゲーム部プロジェクト、にじさんじ、ホロライブといった存在を無視しているわけではない。重要なのは「キズナアイの思想を継承しながらも、VTuber文化の発展に寄与したか否か」という点である。先駆者の功績が重要であることはすでに述べた。

 さて、まず「キズナアイの思想を継承」という点においては、2Dでの生配信を主体とするにじさんじやホロライブはVTuber文化の中心的存在とは言い難い。輝夜月やゲーム部プロジェクトは他のVTuberとの交流も少なく、独自路線を進んでいる印象がある。ときのそら、富士葵、田中ヒメ、鈴木ヒナなどは歌手としての活躍が目覚ましいが、キズナアイほどのなんでも屋という印象はない。

 こうして考えると、電脳少女シロ以外は「VTuber文化の中心」だとは言い難いと思う。シロは事実上(ウェザーロイドのポン子などを除けば)キズナアイに続く二人目のVTuberとして動画投稿を毎日続けてきたという実績があるし、動画ジャンルに関しても極端な偏りがあるわけではない。電脳少女シロこそが「キズナアイの思想を継承しながらも、VTuber文化の発展に寄与した」という意味での功績者であると言えるだろう。

 一方で、もちろんキズナアイの最初のVTuberとしての功績も偉大であり、蔑ろにすることは許されないだろう。シロもアイに対しては常に敬意を払っており、一段階上の存在として扱っているようにみられる。

 上記のような考えから、私は「現在のVTuber界隈は江戸時代初期くらい」であるとしたい。キズナアイを天皇として敬いながらも、電脳少女シロら.LIVE幕府が天下を治めているというようなイメージだ。実際、江戸幕府は天皇の権威失墜を恐れて、禁中並公家諸法度などを制定したのではないかとも言われている。

 先に挙げた輝夜月、ときのそら、富士葵、田中ヒメ、鈴木ヒナ、ゲーム部プロジェクト、にじさんじ、ホロライブなどは巨大な藩のひとつとして、内紛でも起きない限りすでに安泰な状態だと思う(ゲーム部もすでに山は乗り越えたものと見ていいだろう)。推測による部分も大きいが、無理なく運営していれば経営が苦しいというようなこともないと思う。

 無論今後アイやシロの活動に何か問題が生じる可能性も考えられなくはないが、そうなった場合は巨大な藩のいずれかにようやくチャンスがやってきて取って代わるだけのことだ。現在のVTuber界隈は生き残り戦争が激化した戦国時代と呼ばれるような状況ではすでにない

 余談

 こうして書くと「また電脳少女シロageの記事か」と思われることも承知の上だ。しかし、客観的に判断して「生配信こそがVTuber文化の極み」だとは言えない。そもそもこれはアイドル部に対しての否定でもあり、特定の集団のみをageて言っているわけではない。生配信はあくまでコストを下げて運用するための手段であり、できることなら動画投稿の頻度を増やすべきだと考えている。

 また、電脳少女シロというか、アップランドのやり方も少々強引だし、誰かが進んだ道をあとから安全に進むのも卑怯だと思う面もある。さらにキズナアイに対する扱いに関しては、意図的かは知らないが結果的にはアイの孤立を際立たせるようなものになってしまったとも思う。加えて言えば、有望な新人が登場しづらい今のVTuber界隈の状況は面白くはない。

 だが、こうした余談は今回の主題ではないので、ここでは多くは触れないし、今後もあまり触れることはないと思う。改善すべきというような話でもないからである。結果として成功していればそれでいいだろう。今回の結論は「現在のVTuber界隈は江戸時代初期くらい」というだけだ。

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