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1年ほど前のことだ。

当時は自宅の最寄り駅から、会社の最寄り駅へ。電車を使って通勤していた。時間は、おそらく10時前後だったと思う。ホームには会社員や学生がすっかりなくなって、閑散としていた。

私はベンチに座って、電車を待っていた。何だか騒々しいなあと思ったら。カラスが数羽騒いでいた。カラスは3匹いた。その中の2匹が、1匹を追い回して、つついていた。

カラスの世界にもイジメってあるんだな、と思っていたら、「電車が参ります」というアナウンスが聞こえてきた。

いじめられっ子のカラスが、まだ線路の上に残されていた。突きまわされて、いつの間にか逃げ込んでいたのだ。

ホームに到着を告げるベルが鳴る。カラスは飛んで逃げようとした。しかし、いじめっ子のカラス2匹が「何逃げてんだよ」と追い回す。

いじめられっ子のカラスは逃げ場を失って、再び、線路の上に戻ってきた。「そうそう、お前はそこにいればいいんだよ」みたいな感じで、電線の上に陣取ったいじめっ子カラスが、かあかあと鳴く。

電車がやってきた。おいおい、このままだと轢かれちゃうよ。私は少し心配になった。でも、そうは言っても、線路は2つある。危なくなったら、隣の線路に逃げるだろう。他のカラスだって、さすがにそれを妨げはしないだろう。

電車がホームに入って来た。カラスは動かない。

おい。きたぞ。カラスは動かない。そして、私の視界から消えた。

電車がホームを出ていくまで、1分ほど。私は今目にしたことが信じられなかった。何かの間違いではないかと思った。でも、間違いではなかった。電車が発車した後の線路に、黒いものがあった。カラスの死体だ。

電線の上で、カラスが笑っていた。鳴いていたのかもしれないけど、私には笑っているようにしか聞こえなかった。「馬鹿だな、あいつ」「死にやがった」みたいな。

疑問はしばらく解けなかった。カラスはなぜ、逃げなかったのか?電車を避けようと思えば、避けられたはずだ。怪我をしていたわけでもない。寸前まで飛び回っていた。ほんのちょっと、横にずれれば、命は助かった。

カラスも自殺するんだな、と思った。カラスはいじめられて、いじめられて、きっと生きる意欲を失ってしまったのだ。死んだ方がましだ、迫りくる電車を前にそんな風に思ったのではないだろうか。

ちなみに、カラスに限らず、人間も1年間に3万人近くが、そうやって自分で死を選んでいる。カラスもひどいが、人間も相当だ。

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