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【緊急時の自己組織化を考える その2】市民の協力関係と指揮

前回の投稿でも取り上げたように、緊急時に対応する組織を市民社会は持っていません。しかし、大規模の災害が発生し公的支援を期待できない状況下で、被災したとき私たちは一人で何ができるのでしょうか。危機を脱するために、あるいは誰かを助けるために、複数の人々と力を合わせることになるのではないでしょうか。
そして協力するためには何らかの合意や協力関係やルールが必要になります。危機対応のための自己組織化の知識と訓練は、一般市民だからこそ必要になるはずなのです。
今回は、ICSの議論から一旦離れて、過酷な状況下での危機対応とその原則を、現場のニーズベースで考察を進めてゆきます。既にICSをご存じの方にとって歯がゆいかもしれませんが、しばらくおつきあいください。

過酷な想定と課題

社会システムが破壊され、圧倒的な支援ニーズに対し公的支援が不足する、あるいは機能しなくなる大規模災害を前提とします。この状況下では次の危機的状況が発生します

  • 自ら被災し、あるいは更なる危機が迫る

  • 日常の安定した社会システムや支援から切り離される

  • 傷病者や要支援者が救助を必要としている

  • 公的支援の来援を期待できなくなる

つまり、現場に居合わせた市民が孤立する状況です。そして次の課題が発生します

  1. サバイバル:自分や家族の身体・生命を守らなければならない

  2. インフォメーション:眼前の被害状況と地域やその周辺の状況がわからない

  3. レスキュー:眼前に発生した被災者を救い出さなければいけない

  4. インテリジェンス:社会の現状と対応するべき課題がわからない

こういった課題に対し自律的行動を求められることになります。この行動をここでは危機対応と呼ぶことにします。

最初のスイッチ

この状況下で直ちに行うのは、サバイバル、つまり自らの安全確保です。これができなければ他のいかなる積極的行動もとれません。
次にわかる範囲で状況を把握することです。ここで大事なことは「わかる範囲」は具体的な数値あるいは図面で図示できる具体的な範囲として把握しなければなりません。被害推定前提である分母や情報の漏れがわからなくなるからです。
一つの事例ですが、阪神淡路大震災発災時にある国会議員が神戸市内で被災しています。彼は家を飛び出し、周辺の状況を確認し、すぐに当時珍しかった携帯電話で、東京の同僚に大きな地震があったこと、そして目の前に数件の家が倒壊しているのを目撃したと報告すると、東京側は「なんだ、数件の被害か。大したことはない」と反応したそうです。笑い話のようですが実際に起きたことです。受け取った側の想像力の欠如にも呆れますが、そもそも報告する側がきちんと分母である「わかる範囲」も周知しなかったから誤解を生んだのです。

まず現場そして合意

危機対応に当たってはまず漠然とした意志表明ではなくしっかりした参加意思を確認しなければなりません。危機に対応するために結束することを明確に合意します。逆に言うと合

意しない人を勝手に仲間にしてはいけません。最初に主体的な合意ありきなのです。
既存の制度や外部からの反応を待つのではなく、居合わせた人々がその場ですぐにボトムアップでチームをつくるのです。

リーダーを選出

危機対応では、内部の意見をくみ取り互いの利害を調整し、また外部との連絡や調整の窓口となる役割が必要になってきます。また合意形成を待たずに急を要する判断を担う必要にも迫られます。一般にはこの役割をリーダーと呼でいますね。繰り返しますが、危機対応ではリーダーが必要なのです。
合意した人が自分を含めて2人以上になってチームが成立したら、メンバーの中からリーダーを選出します。
ここでのリーダーには特にライセンスも能力も年齢や社会的地位も関係ありません。人員がそろうまで危機は待ってくれません。今回の想定では最初に現場に入った者の中から選ぶ以外に方法がありません。誰もがリーダーになりうるのです。
逆にリーダーになったからと言って、人格が優れているとか、社会的地位が向上するとか、絶大な権力を得たというわけではありません。あくまでも現場の危機対応において合意を得た範囲での合理的な権限に限定されます。

権限の委譲

危機は収束するまで24時間脅威を与え続けます。しかし私たちに無限のスタミナがあるわけではありません。いつかは疲れ果ててしまいます。後から適した能力のメンバーが参加したのに、訓練が不十分なメンバーがいつまでも指揮を執るのもおかしな話です。要件がそろえばいつでもリーダーの権限を譲り渡す、つまり権限の委譲が必要になってきます。要件を洗い出してみましょう。

  1. リーダーにふさわしい訓練を受けたものが到着した

  2. 警察や消防士や医師など法的な権限を持つ資格者が到着した

  3. 体調不良や心理的不調などで指揮ができなくなった

  4. 個人的事情で指揮に集中できなくなった

  5. 一般的な労働時間である8~12時間を上限に休息をとるため

  6. チームを分割して新たなリーダーを追加する

権限の委譲によって交代したからと言って責任放棄とか権利剥奪されたとかそういった感情的な反応は現場が混乱します。要件ベースで事務的に粛々と対応するべきです。

フォロワー

リーダーの指揮を受ける側をここではフォロワーと呼ぶことにします。フォロワーは個人にかぎらずや指揮を受ける集団をも含んだ概念です。フォロワーは合意を再確認し、リーダーシップを尊重し、主体的に従い結束し、そのことに責任を持ちます。合意ベースのチームワークではこの主体性が大変重要です。空気に左右されなんとなくでは無責任です。フォロワーとしての責任が取れないなら参加は見合わせるべきでしょう。

指揮命令系統の一元化

折角リーダーを選出し結束しているのに、各自バラバラに行動していては協力関係が成立しません。そのためフォロワーに対する指揮はリーダーに一元化する必要が出てきます。
またフォロワーの気づきや提案、様々な情報や結果報告はまとめ役が必要です。これもリーダーが担うのが妥当でしょう。つまりフォロワーはリーダーに対しコミュニケーションを集中させる必要が出てきます。
もっともコミュニケーションを集中といっても、他のチームと話をしてはいけないとか、情報を共有してはいけないということではありません。むしろ積極的にしてよいのです。ただし、以下の流れは混乱を招くのでするべきではないでしょう。

  • フォロワーが知りえた情報をリーダーに報告せず秘匿する

  • フォロワーがリーダー抜きで合意し勝手に動く
    (こんなことをするくらいならリーダーを交代させるべきではありませんか)

  • フォロワーが人員や資機材などのリソースの貸し借りや要請をリーダーを経ずにやってしまう
    (管理が崩壊してしまいますからね)

  • 上位のレイヤーや他の指揮系統から現場の指揮に介入
    (マイクロマネジメントと言われる現象です。現場第一主義に反し混乱を招きます)

但しこれにも例外があります。組織が大きくなり、リーダーを補佐する安全や治安を守るセキュリティの担当者を決めた場合、彼らには指揮に直接介入する権限を認める必要が生じます。

もう一度整理しましょう。

  • フォロワーからリーダーへののコミュニケーションの一本化

  • リーダーからフォロワーへの指揮の一本化

以上説明してきたこの2つの原則を指揮命令系統の一元化と呼ぶことにしましょう。今まで見てきたように現場の必要に合わせた考え方なのです。

フォロワーの管理

リーダーは参加するメンバーの安全と健康に責任を持ちます。メンバーが安全を守る装備をしているか、体調や精神状態に問題ないか気を配る必要があります。またメンバー以外の悪意を持つ何者かが紛れていないか注意する必要もあります。そのためにリーダーはメンバーの顔触れと状態を常に把握しておかなければなりません。

チームの分割と任務の分掌

規模が大きくなったらメンバーを管理しきれなくなります。人間工学では管理対象が7件以上は支障をきたすといわれており、5件が適切とされています。つまりメンバー管理においては7人までに押さえておかなくてはなりません。
そこでリーダーは適宜チームを割って新たなリーダーを選出し任務を分掌する必要が出てきます。
新たにチームを割って作った場合、そのチームそのものもリーダーにとってフォロワーの一部となります。

リーダーの任務

リーダーの任務を整理すると次のようになります。

  1. 自分やフォロワーの安全を守る

  2. 自分やフォロワーに適宜休息を与える

  3. 危機対応の指揮を執る

  4. 現状を把握し全体に共有する

  5. 対応に必要な情報や計画を考え共有する

  6. 必要な人員や資機材を確保し現場に提供する

  7. フォロワーからの報告を受ける

  8. 要件が生じれば権限を委譲する

  9. 現場の指揮以外にも配慮するべき事項を管理する

以上は現場に直接必要な任務です。しかし協力関係の規模が大きくなった時に、全体の運用・維持に必要な任務が別途発生します。その任務を分掌するために、権限の委譲を繰り返し、大がかりな組織編制に発展してゆくことになります。
その場合においても外部からリーダーの指揮に介入するのではなく、バックオフィスとして支援に徹しなければなりません。これらのコンセプト、そしてコンセプトを具現化したルールや任務が、現場第一主義を維持発展させてゆく可能性をもっているのです。
今回は敢えてICSの用語を使わないように、想定のニーズに合わせてチームのあるべき姿を想像してみました。次回は現場第一主義、チーム内の関係などがICSにどのように反映されているか解説とともに議論してゆくことにします。

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