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わたしたちのラストクリスマス #パルプアドベントカレンダー2019

 空腹に鳴く腹を押さえながら、私はエレベーターを降りた。足早に向かうは向かいのコンビニ。横断歩道を渡りながら、北風に身を縮める。しまったな、コートくらい着てくればよかった。カーディガンだけじゃ寒い。

 足を速めてコンビニに逃げ込んだ私の眼前、出迎えてくれたのは、ワゴンに積まれたケーキの山だった。クリスマス当日、コンビニケーキも人気なのかしら。

 などと考えつつ、私はいつものカップ麺チェックに向かう。込み合う店内をすり抜けて、向かうは奥から二番目の棚だ。

 ラインナップは……博多やまちゃん、富士そばの生姜天そば、寿がきやの冬のコク塩ラーメン……このあたりは最近食べたものばっかりだ。こっちの三宝亭の全とろ麻婆麺は微妙だった。あ、台湾風混ぜそば……ありだな……むっ!?

 どみそのこってりビリ辛みそラーメン!? 以前外回りのときに食べたけれど、あそこのラーメンは割と美味かった気がする。しかも花椒が効いているときた。絶対美味い。よし、これに決めた。

 思案は3秒。私が決断的に手を伸ばした、その時だった。

「……あれ? アヤカ?」

 横から、声。それも、あまり聞きたくない声がした。

 私はカップ麺に伸ばした手を止めて、声の主へと──お弁当を手にこちらを見る、スーツ姿の男性へと視線を向けた。

「……ケンジ」

「久しぶり」

「あ、うん……久しぶり」

 私は辛うじて返事をする。まぁその、元カレというやつだ。入社したてのころなので、もう6年ほど前になるか……まぁ、3か月ほどで別れたけど。

 自分でもわかるくらいに引き攣った笑顔を浮かべているが、ケンジはそれを気にした様子もなく、棚から豚汁を選びつつ言葉を続ける。

「今なにしてんの? 相変わらず人事?」」

「あー、まぁ、そうね。ちょっと異動したけど、あんましかわんない感じ。……そっちは? まだ営業?」

「いや、下期から異動になった。暗2」

「え。暗2? てことは山本さんトコ?」

「あれ、知らない? 山本さん殉職したって」

「あ、そうだった」

 4か月ほど前にそこそこ話題になったはずなのに、すっかり忘れていた。

 それもこれも師走の忙しさのせいだ。なんで年末に限って案件が増えるんだろう。勘弁してほしい。ついさっきもメールで案件が降ってきた。昼休み直前だってのに……って、あれ? 暗2部長ってもしかして……?

「そういえばさ」

「ん?」

 私はふと思い出して、口を開く。

「ねぇ、山本さん殉職ってことは、暗2の部長って、今はもう違う人? よね?」

「そだね」

 頷くケンジを一瞥し、私はカップ麺を取ってレジへと歩き出す。後ろからついてくるケンジに向かい、私は問いかけた。

「新部長って誰になったの?」

「俺」

「え?」

 私は思わず問い返した。なんだって?

「だから、俺が部長」

「…………わお」

 部長? ケンジが? マジで?

「だ、大出世ね……?」

「だろ? 玉の輿逃したな、アヤカ」

「るっさい。殴るわよ」

 睨み返す私の視線を、ケンジは真正面から見返してきた。レジ列が進む中──ケンジは真面目な顔で口を開く。

「なあ。……今、俺、フリーだけど?」

 二人の間に、一瞬の沈黙が落ちる。店内に流れるクリスマスキャロルが妙に大きく聞こえる。形の良い眉、通った鼻筋──時が止まったような感覚の中で、ケンジの顔を見据える。心臓が高鳴るのを感じながら、私は──

「お断りよ」

 ぴしゃりとお断り申し上げた。

「また浮気されるだけだわ」

「うっ……そ、その節は……まぁ……」

 ケンジはあからさまに肩を落とす。そこは虚勢でも言い返しなさいよ、バカ。

 そうこうする間にレジが空き、私たちは別々にお会計を済ませた。別に示し合わせたわけではないけれど、私たちは二人一緒にコンビニを出て、横断歩道を渡る。

「ねえ、部長って大変?」

「んーなんだろな。部長って実感あんまないかも。人手が足りなくて、俺も現場でないとなんだよね」

「そっか」

「ていうか聞いてよ。今日も俺現場なんだよ。クリスマスなのにさー。デートの予定が……」

「フリーって言ってなかった?」

「あっ」

 そんなやりとりをしながら、私たちはオフィスに戻った。二人でエレベーターに乗って、私たちはそれぞれの行き先階を指定する。

「アヤカ、9階なんだ?」

「うん」

 エレベーターは6階で止まった。ケンジは名残惜しそうに振り返り、小さく手を振る。

「それじゃね。……あ、メリークリスマス」

「うん」

 ケンジの言葉に頷くと、エレベーターの扉が閉じた。

 ──9階。

 給湯室でカップ麺にお湯を注ぎながら、私はスマホを取り出して時刻を確認。ついでに、メールアプリを立ち上げる。

 お目当ては、昼前に届いたメールだ。さっき思い出した。至急案件でないので見なかったことにしていたが──

【案件依頼-20191225042】暗殺推進第2部部長の件

「……やっぱ、気のせいじゃなかったか……」

 タイトルに記された文字を見て、私は大きなため息をついた。

***

 ──内部監査室、人材清掃部。

 それが私の、所属部署だ。

 暗殺を生業とするこの会社の、内部監査の、人材清掃──とくれば、まぁやることはひとつ。社員の"掃除"だ。

 とっぷりと日が暮れて、夜空から雪が落ちてくる。スコープの向こうにはケンジ──暗殺推進第2部部長、高崎健二の姿がある。

 今日"依頼"内容を思い返す。複数の女性社員からの告訴。罪状はセクハラ。

「……全然成長してないな、あいつ」

 呟く私をよそに、ケンジはサンタ服の男の背後から、抜き足差し足。あれが昼に言ってた今日の"仕事"か。そのままナイフを手に音もなく近付き──ひと突き。

「仕事はできるんだよなぁ、仕事は……」

 私は呟き──引き金をひく。

 ターンという音はクリスマス・キャロルに掻き消される。ケンジは自分の作った死体の上に折り重なるようにして崩れ落ちた。

「……メリークリスマス。良き来世を」

 今日はコンビニのケーキでも食べようかな。

 そんなことを思いながら、私は立ち上がった。

(おわり)

▼あとがき▼

 ドーモ。#パルプアドベントカレンダー2019主催の桃之字です。メリークリスマス!

「アドベントカレンダーは24日まで」と多方面からツッコミを受けている本企画ですが、いいんだよクリスマスまでやろうよ楽しいんだからってことでセルフ飛び込み参加しました。マッチポンプ!

 本日担当の無銘おねーさんが「通りすがりの魚屋さん」をやると聞き、痛快爽快なパルプはおねーさんにお任せしちゃえ! ってことで、僕は普通の会話から急激に不穏になっていく感じの短編にしてみました。

 パルプアドカレの総振り返りはあとからやります。とりあえずメリークリスマス。良いお年を!


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