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エスプリとエスプレッソの関係を聞かれて答えてみた話

「エスプリ」の語源は「エスプレッソ」と関係あるの? 

N氏からのメンションつぶやきを意訳

2022年、夏。
唐突にそんなことを聞かれました。


その時の回答を読み返すと、我ながら力作です。
加筆修正して再録したくなりまして。


さて関係はあるのでしょうか、ないのでしょうか。
取りあえず謝っときます、ごめんなさい。



0.エスプリそもそも


エスプリという言葉は、ラテン語からきています。


「エス」は、事前にとか、あらかじめ、といった意味です。
「プリ」は、心の状態を指します。


ここから、エスプリとは平常心とか、
穏やかな心、といった意味で使われていました。



1.エスプリ論争


転機は、17世紀フランスです。


近世哲学の祖とされるフランス出身のデカルトは、
「我思う、故に我あり」という言葉で有名です。


デカルトはこの、
自己を基礎づける「我」が、もともとの心であり、
エスプリであると語りました。


デカルトの影響を強く受けたスピノザは、
この考え方を更に押し進めます。


従来の
「神即自然(deus sive natura)」 という考えを退け、
「エスプリ即自然(espri sive natura)」であると説きました。


しかし、あまりにもエスプリを重視する論に対して、
パスカルをはじめとした論者がこれを批判。


およそ19世紀末に至るまでの、エスプリ論争の始まりです。


紆余曲折の末、エスプリとは
「精神」「知性」「才気」「機知」といった意味だとされました。



2.エスプリとエスプレッソの関係


さて、エスプリをめぐる話はこれで終わりません。


エスプリ論争が終わったころ、
イタリアではコーヒーの新しい楽しみ方が生まれました。


細かく引いたコーヒー豆に圧力をかけ、
一気に抽出するのです。


これにより、同じコーヒーとは思えないような
濃厚な味わいに仕上がります。


この新たな発明は、
イタリア人の心を瞬く間につかみました。


そして敬意とともに、この方法で淹れられたコーヒーに、
エスプレッソ(エスプリのきいた飲み物)という名が付けられたのです。


世界で初めてのエスプレッソマシンが開発されたのが1901年。
その後1906年のミラノ万博により、
エスプレッソは世界に知られることとなりました。



3.エスプレッソ裏話


さて、もう一つの小話をお伝えします。


実は当初、エスプレッソだけではなくて、
エスプリオーサ(エスプリの効いたモノ)という名前も使われていました。


これに対して、エスプリオーサではなく
エスプレッソに統一すべき、と主張したのがメキシコと、
なんと日本なのです。


アステカの時代、族長を「オサ」と呼び、
「石仮面」を儀式に使う文化を持つ人々がいました。


彼らのことは、
実は日本人の一部(後の荒木飛呂彦先生のファン)で
有名だったのです。


彼らからすると、
エスプリオーサはつまり、エスプリ族長でした。


彼らはこれを歓迎したのですが、
大多数の人はそう受け止めません。


300年近い論争により磨かれたエスプリと、
オサ(族長)を結びつけることに、多大な抵抗が生まれたのです。


時の日本政府もこれを重視。
遂にはメキシコ政府とともに世界へ働きかけました。


結果、ユネスコでの審議が行われ、
エスプリオーサという呼び名は歴史に埋もれることとなったのです。



4.まとめ


エスプリ、エスプレッソにまつわる裏話はいかがでしたでしょうか。
これを誰かに語るのは、4月1日がおススメです。












5.再録にあたって


当時、まとめ記事もつくってもらったのですが、、
(>Nさん、リンクはって良かですか?)


記事に寄せてもらったコメントで、
ぜひ紹介したく思ったのがこちら

 ↓↓

参考文献: 「珈琲、その闇に葬られた歴史」(民明書房刊)


コメントいただいたとおりです、
本投稿は全てこの本をネタにしています。
あれ、そうするとタイトルに男塾も入れなければ、、


最後に、本記事中での数少ない真実をご紹介。
(ソースはWEB検索なので、多分真実)

 ・スピノザはデカルトに影響を受けている
 ・スピノザは神即自然と説いた
 ・エスプリは、「精神」「知性」「才気」「機知」といった意味
 ・世界で初めてのエスプレッソマシンが開発されたのは1901年
 ・1906年のミラノ万博でエスプレッソは世に知られるようになった


おそまつくんでした。


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