にじさんじにおける「第4の壁の向こう側」問題

(2021/2/24 注:最後のセクションを全面的に改訂した。当初と内容や主張を大きく変えているので留意してほしい。)

にじさんじが発足して、もうすぐ3年になろうとしている。
その間このvtuber/バーチャルライバー事務所は躍進を続け、今や所属ライバーは100人を超えた。そして、多くのライバーの活動は日々のYouTube配信の枠を超え、イベント出演やメジャーレーベルでの音楽活動など、「ライバー」「YouTuber」に留まらない、多岐にわたるタレント活動に至るようになった。

そういう中で、最近たまに自分が感じるちょっとした危機感、あるいは、多くのリスナーがわかっているようでわかっていないちょっとした混乱、について、一度きちんと整理しておくべきだ、と最近つとに思っていた。
このnoteはその内容を書き下すものだ。なお、この問題はライバーの魂に関わる問題で、なのでどうしてもvtuberのメタな話に踏み込まざるを得ない。その点ご了承願いたい。
また、ここに書かれた問題はvtuber全般にいえることだが、とりわけ今にじさんじライバーが最も直面している問題だと思われるので、ここではにじさんじに絞って書いていくことにする。

「第4の壁」とvtuber

第4の壁、という言葉も知っている方も多いだろう。Wikipediaによれば「舞台と客席をわける一線のこと」だ。舞台の奥と左右に合計3つの壁があるが、4つめの見えない壁が舞台と客席とを隔てている、という考えからこう呼ばれる。

一般には演劇の用語だが、vtuber/バーチャルライバーにも同じような概念をあてはめることができる。言ってしまえば、YouTubeを映しているモニター画面がバーチャルライバーにとっての「第4の壁」にあたる。我々はモニターを通じて、YouTubeの向こう側にいるはずのライバーの姿を見ることができるのだ。

さて、この「第4の壁」は、単に舞台と客席の境界を意味するだけの用語ではない。壁、と名前がついてはいるが、現代的に解釈するならこれは「世界を加工して映し出す特殊なスクリーン」だ。
演劇において、舞台の上には役者がいて、各々自身の役を演じている。
しかし観客が客席から見るのは、役者ではない。劇中の人物だ。
役者の姿は「第4の壁」を通じて、演じている役そのものとして観客の目に映る。舞台の上も本来は役者のいる現実世界のはずだが、「第4の壁」を通すことで架空の世界となって観客に見えるのだ。
ここでのポイントは、観客にとって別世界に見える「第4の壁」の向こう側は、実は観客と同じ現実世界だということだ。ひとたび舞台に立ってしまえば、そこにいるのは現実世界にいる俳優であり、その後ろに見えていたものは架空の世界ではなく、現実世界に置かれたただのカキワリだったり大道具だったりするのだ。

そろそろ僕の言いたいことがわかっていただけただろうか。
同じことはライバーにも言える話だ。僕らが配信で様々なライバーの姿を見ることができるが、それは「第4の壁」を通じて見えている架空の世界のものであり、その向こう側にいるライバーの魂が住む世界は、実は我々リスナーと全く同じ世界だということだ。

こう考えるのは以前はキズナアイ以来のvtuber界隈のタブーだった。最近は徐々にこれが当然のものとして受け入れられつつある、という話を僕は以前委員長の百物語の感想としてnoteに書いた。

しかし依然としてタブーではある。ただ、このタブーがもはやタブーとしては成立し得なくなってきているのではないか、というのがこの問題の骨子だ。

広がっている「第4の壁の向こう側」

リスナーも、YouTube画面の向こう側に実は現実世界が広がっている、というのは頭の奥底では理解していたはずだ。しかし、以前はそんなことを意識せずに済んだ。なぜなら、YouTube画面の向こう側がとても狭かったからだ。
月ノ美兎委員長ら1期生がデビューした頃、ライバーはみんな自宅から配信していた。このとき、「第4の壁の向こう側」はたいてい1人で、周囲には誰もいない環境だったはずだ。

しかし、この状況は徐々に変化し、「向こう側」は拡大していった。
1期生のデビューから数ヶ月経つと、主に樋口楓が中心になって「オフコラボ」なる形態のコラボ配信が始まった。複数のライバーがネット回線を通じてではなく、同じ空間内に隣り合って同時に配信するというものだ。
このとき「第4の壁の向こう側」にいるのは複数人になった。が、そこにいるのは全員ライバー(の魂)だった。

そのうち、にじさんじでは大規模コラボが主流になり、また3Dモデルを持つライバーも増えた。
それで、にじさんじを運営するいちからに、大人数のライバーが同時にオフコラボできる、あるいは3Dで配信できるスタジオができた。
このとき、「第4の壁の向こう側」にはライバーの魂だけではなく、配信を補助するいちからのスタッフも加わった。

ここで、当たり前のようでいて、驚くほど多くのリスナーが勘違いしていることがある。リスナーとライバーを隔てる「第4の壁」は、ライバーとスタッフの間には存在しないということだ。

例として実在のライバーの名前を出すのは気がひけるので、ここでは仮にユードリックが既にデビューしていたとする。そしてその魂が太郎さんだったとしよう。
スタジオからユードリックが配信するとき、リスナーには「第4の壁」を通じてユードリックが見えるのだが、スタッフが実際に見ているのは太郎さんだ。
いや、単に見ているだけではない。スタッフは太郎さんと直接会話し、場合によっては触れたり、物を直接手渡したりして運営業務を行う。
スタッフが一緒にいるのはユードリックではなく太郎さんなのだ。

しかしここまでなら、まだ問題はなかった。魂の姿を知っているのは、魂自身と、せいぜい内輪のいちからスタッフだけだ。
しかし、ライバーの活動が内輪に留まらなくなったら、どうなるか。

外部のイベントに、ライバーも現地で出演することになった場合を考える。
大きなステージにおかれたモニタ越しにライバーが映し出されるとして、ライバーは実際にはイベント会場のどこかの部屋に陣取っているはずだ。
そしてそこには、ライバーの魂やいちからのスタッフだけではなく、イベントを仕切る現地の外部スタッフもいることになる。

ライバーが歌を歌ってCDを出すことになったとする。
どこかのレコーディングスタジオを借りてレコーディングすることになったとして、そこには魂といちからのスタッフ以外に、レコーディングスタジオのスタッフもいれば、ボーカルディレクター、プロデューサー、ミキサーなどのエンジニア、etc. がずらずらといるはずだ。

ライバーがテレビやラジオに出演することになったとする。
最近でこそリモートで番組制作することも多くなったが、基本的には出演者がスタジオに集まって収録なり生放送を行う。
そうすると、そこには魂といちからスタッフのほか、番組の制作スタッフや共演者が同じ空間にいるはずなのだ。

つまり2020年11月29日現在、にじさんじで活躍する人気ライバーの魂を知る人は、既ににじさんじの外に多数、あまりにも多数いることになる。そして今後もどんどんと増え続けるだろう。
こんな状況で、いつまで「ライバーの魂を語るのはタブー」でいられるのだろうか?

(注:実際には、委員長など初期の人気ライバーはいちからのスタジオができるのに先駆けて外部案件で数多くの外部スタッフと接触しているので、その時点でこの問題は発生している。しかし当初はごく一握りのライバーだけだったのが、今や多数のライバーが後を追って広範なタレント活動をするようになった。それだけこの問題も急拡大しているのである。)

「向こう側」が広がるとどうなるのか

つまり、現在のにじさんじにとって「第4の壁の向こう側」はあまりにも広大になってしまった。あまりにも多くの人がライバーの魂と関わって仕事をするようになった。
この具体的な弊害は、vtuber界隈のお約束を知らないスタッフもライバーの周りに増え続ける、ということである。

『Virtual to LIVE』作曲者でにじさんじ2周年記念アルバム『SMASH the PAINT』プロデューサーのkzさんは元々熱烈なにじさんじリスナーだった。そういう人物が「第4の壁」を超えて向こう側に渡ったとしても、おそらく面倒なことにはならない。「魂を絶対にリスナーに見せてはならない」というvtuber特有のお約束を熟知しているからだ。

しかし、関わる人間が多岐になればなるほど、こういうお約束を理解しない、あるいは理解の浅い人が増える。

これはあるリスナー仲間から聞いた話だが……とあるライバーに曲を提供した人がそのライバーの人となりを語る実写動画が公開された。
その人は恐らく悪気はなかったのだろうが、熱く語るあまり、ライバーの髪の長さを、言葉にはしていないが何となくジェスチャーで示してしまったらしい。
その長さは我々が知るそのライバーの髪型と全く異なっていたそうだ。

当然その方はタブーに触れようとも思っていないだろうし、触れたことにも気づいていないだろう。しかし普段vtuberに接していない人が、一緒に仕事した相手を語れと言われてライバーの方ではなく魂の方を意識してしまうのは当然ではなかろうか。実際に仕事を一緒にしたのは魂なのだから。

以前から、外部からvtuberを呼ぶイベントというのはあったが、ケースとしては極めて少数だっただし、たいてい興業会社自身がvtuber事業をやっていることが多かったため、企業秘密として「お約束」が守られる可能性は高かった。
しかし今や、状況は全く異なっている。例えばでろーんはよくランティスのスタジオに赴いているようだし、その際に隣で声優さんが収録を行っていたので挨拶した、みたいな話をしていたこともある。話の雰囲気からして、それは「第4の壁」越しではなく、おそらくでろーんの魂が直接スタジオに赴き、声優さんに直接挨拶したのだろう。
普段でろーんの周りにいるランティスのスタッフは相当vtuberのことを勉強していることが伺えるが、ランティスに所属する多数のアーティストの中でvtuberはでろーんだけだし、レーベルメイトやそのスタッフがみんなvtuberを熟知しているわけでもあるまい。となると、さっきのような事故や、それよりもっと大きな事故が今後発生しないとも限らないのだ。

リスナーはどうすべきなのか

(2021/2/24 注:以前ここにあったセクションは、当初より筆者が意図していた以上に強いメッセージとして受け取られることが多く、大幅に追記し補足を試みたが3か月たっても状況が改善しないため、思い切って全面的に改訂した。最初の版での反響も踏まえて、今現在の筆者の思うところを綴っている。よって当初と内容は大幅に異なっていることに留意されたい。)

つまり今後、にじさんじのライバーが活動の幅を広げれば広げるほど、魂を見せるのはタブー、というお約束を守り続けるのが難しくなってくるはずだ。

しかしでは、その「お約束」を盾にライバーの活動を制限すべきか?
我々リスナーのほとんどは、そんなことは望まないはずだ。リスナーにとって、ライバーの活躍は嬉しいことのはずだから。

それ以上に、僕が特ににじさんじを見ていて思うことは、彼らは(運営も含め)あまり魂を晒すことをそれほど怖がっていないということだ。
最初にこのnoteを公開してから「運営は細心の注意をもって身バレしないよう心掛けているはず、それでもバレたら運営の責任」といった反応ももらったが、運営がそんな注意を払っているなら、上に書いたような、でろーんが声優に事前のアポもなしに訪問するといったことをさせるだろうか。
他にもライバーが同様の行動をしている例は、彼女らの雑談配信を聞いていればいくらでも知ることができる。それらを挙げていけばきりがないが、もし運営が細心の注意を施すなら、事前に周到に相手と交渉し、秘密保持契約書を取り交わすくらいのことはするだろう。それがビジネスでは常識だ。そして、仕事でそういうことをやったことがある人ならわかるだろうが、それをするにはどんなに速くても最低3日程度、大企業相手なら下手すると数か月かかる。
アポなしで魂の姿のままふらっと訪問する、なんて「最初から秘密じゃありませんよ」と宣言しているようなものだ。

僕は運営やライバーの姿勢を責めたいのではない。そうではなく、おそらく運営は「身バレするリスクより、ライバーが活動する上での自由とスピード感を重視している」のではないだろうか。つまり、ライバーが自由に活動できるメリットの方が身バレのデメリットより大きい、と判断しているんだろう。
ただ、こういったライバー・運営の意識が、リスナーが抱いているそれと合致しているとはどうしても思えない。

なのでリスナーは、もし魂の存在を受け入れられるなら、いつ推しが身バレしてしまってもいいと覚悟をすべきだ。その上で、推しが多方面に、自由に活動できているのは身バレのリスク前提だということを肝に銘じ、推しの活動を支持してあげるべきだろう。

もし、魂など認めたくないと思いつつにじさんじを見ている人は、せめて、推しが身バレしたときに責めないであげてほしい。怒りを感じたなら、その怒りをライバーや運営にぶつけず、怒りが収まるまでは静かに界隈から離れてほしい。あなたの推しが今まで自由に活動できていたのも、身バレのリスクを踏まえてのものだったのだから。


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