歌ってみたと作曲家の人権の話 (VTuberの歌枠配信と楽曲の権利のおはなし 追補)

このnoteは、以下のnoteの補足です。

2年前に書いたこのnote、元々はVがやってる手続きをリスナー向けに解説したものですが、どうもこれを多数の個人Vや配信者の方が実際に歌枠配信をする際に参照していただいているようで、何とも嬉しい反面、そんな頼りにしてもらってて大丈夫かなぁ、みたいなハラハラした思いを抱えていたりもしました。

それで最近、このnoteにあるとおりにやってた(と思う)某企業勢Vtuberが権利者と揉めて歌ってみた動画を非公開にする、という事件が起こり、ゾッとした、ということがありました。ということで、ここに簡単ですが、Vtuberや配信者の方向けに補足します。
あくまで上述のnoteを読んだ前提で書きますので、そちらに目を通してない方はまずそちらを読んでください。

全く違う権利がもう1つある

先のnoteでは、歌枠配信や歌ってみたをする際には「著作権」と「オケの権利」の2つがあって、その2つをクリアすればOK、という話をしました。
で、ちょっと難しい話をしますが……この2つの権利は、細かいことを言うと著作財産権、つまり、歌をモノとして見たときの、他人のモノを使っていいかどうか、という観点で発生する権利なんです。

ところがもう1つ、全然違う観点から発生する権利が存在します。
それは著作者人格権と呼ばれるものです。これは、曲には作者の人格が宿っている、曲は作者の分身であるという考え方から、「作者がイヤな思いをする歌われ方をされない」ことを保証する権利です。基本的人権に含まれるもので、曲にも(作者の)人権がある、ということなんです。

まぁ何でもかんでも保証されているわけではないんですが、1つだけ、とても重要視されている権利があります。それは難しい言葉で「同一性保持権」というもので、平たく言えば「作者が作ったとおりに歌われ、演奏される権利」のことです。
で、これに引っかかる、でもよくやっちゃうパターンとしては2つあります。

  • オケのアレンジ(いわゆる「編曲」)

  • 歌詞のアレンジ(歌詞を一部でも変える。特によくあるのが「替え歌」)

要するに、原曲そっくりにオケを作り、原曲のとおりに歌えばよいのですが、ちょっとでも自己流のアレンジをして、それで作者が怒ったら、動画を非公開にするしかなくなります。
じゃあどうするか、というと、作者に事前に連絡を入れて、許可を取っておくしかありません。

ただ……これ、難しいところで。
替え歌はともかくとして、原曲のオケが使えない場合、大抵はどうしたってオケに多少のアレンジが入ってしまいます。なので、ここを厳密に突っつき出すと、原曲オケを公開してないあらゆる歌ってみたは作者に問い合わせる必要があるのか、という話になってしまいます。
法律を厳密に解釈すればYesなんですけど、これだけ沢山の人がやっている「歌ってみた」で実際はそこまでやってないし、あまり問題にもなってないです。
何故なってないかと言えば、それで目くじらを立てる作曲家はあまり多くないから、の一言でしか説明できません。

結局、同人誌はグレーゾーン、というのと似たようなもので、作者が基本的にお目こぼしをしてくれてるから今の「歌ってみた」界隈は成り立っていると言えます。多くの作曲家は寛容だけど、そういうのに厳格な人もたまにいて、「ちゃんと事前に連絡よこせよ」と言って問題になるケースがたまにあります。僕がこれを書くきっかけになった事案もそのパターンかな、という感じです。
かなり空気読みの要素が強くて、そのへんの感覚を文章で書き出すのは難しいです。

(ちなみにプロのミュージシャンの場合、メジャーレーベルでCDを出すときは、その手の手続きは音楽出版社と言われる類の会社が全部やってくれます。一方で、例えばどこかで誰かの曲を即興で弾き語りした、みたいな場合、まぁ事前許諾とか取ってないことも普通にあります)

で、ここからは僕個人の勝手な思いなのですが。
こういうのを気にしすぎて、あんまり萎縮しないでほしいんですよね。大抵の作曲家にとって、自分の曲を誰かがカバーしてくれたら普通は嬉しいものだし、音楽文化ってそうやって発展するものだと思うのです。
それが「歌を歌うのって難しいね」という空気に世の中がなってしまったら、嬉しくない人の方が多いんじゃないのかなぁ……

最後に、このへんJASRACに問い合わせて、かなり詳しく書かれた方のnoteがあるので、紹介しておきます。書かれた方は権利というものをもっとマジメに考えたい、ちゃんと許諾を取るべき、というスタンスの方で、僕とは若干違う立場ですが、それでも一読の価値はあると思います。
で、これを読めばわかりますが、Vtuberとか一切関係なく、音楽業界に昔からある問題です。


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