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第7回 村野藤吾という矛盾

こんにちは、ヴィブレンス建物と街担当のタツです。
5月に没後40年建築展「建築家 村野藤吾と八ヶ岳美術館」を見に八ヶ岳まで行ってきました。展示は取り立てて新しい発見があるものではなかったですが、村野藤吾設計の八ヶ岳美術館(1980年)は質素で美しい(実は村野さんっぽいわけではない)極めて居心地の良い空間になっていました。というのも原村という小さな村が独自で美術館を建てることを理解しありきたりの素材で地方の工務店が可能な工法で作られています(ヴォールトの屋根は都内のPC工場で作られたようですが)。
室内も布製のカーテンを美しく吊った(何となく箱根プリンスを思い出してしまいます)天井になってますが、それはコストを抑え、かつ美しい空間を想像できるようにと村民の情熱を引き出している風景が目に浮かぶようでした。そんな村野さんは建築家としての評価が低かったことないのですが、常に当時の若手建築家たちの批判の対象となっていました。
村野藤吾の略歴は
1891年 佐賀で誕生。
建築の教育は
1913年 早稲田大学理工科電気工学科に入学。
1915年 同大建築学科へ転学。27歳で卒業。
1918年 渡辺節事務所入所
1923年 村野建築事務所創設、以降いろんな賞を受賞したり役を担う等の重積を果たしています。
代表作として有名なのは、東京の日生劇場、大阪の旧歌舞伎座等数えきれないほどあります。そのうち階段は特に有名で、優美というか、妖艶な女性が歩いているような耽美さがそこに存在しています。うまく表現できないので一度見てみてください。
ここで注目したいのはその教育を受けた時代です。実は建築界における近代主義は20年代以降に顕著に表れてきます、村野さんが教育を受けた建築は古典様式や折衷様式と言われたアカデミズム建築だったのです。村野さんは装飾を中心とした古い建築の教育を受けて、やがて来るモダニズム建築にもうまく自身を合わせて表現する離れ業を軽々とやってみせる建築家でした。
戦後になって皆が近代主義の建築教育を受けると、コルビュジエらの「装飾は敵だ!」っていう教条主義に感化された若手建築家や批評家は揃って村野建築を表層的な装飾建築として仮想敵に認定されていきます。もちろん村野さんは建築界の大家の一人として君臨していたからこそではあるんですが。
その象徴として「新建築事件」があります。それは1957年に発生した建築界の論争で、村野藤吾さんの作品「有楽町そごう(1957年)」に対して批評的な記事を新建築社の雑誌「新建築」が掲載したことがきっかけとなりました。この記事に対して、当時の新建築社社長の吉岡保五郎が編集部全員に解雇を通告したことで、大きな波紋を呼び表現の自由を基にした建築と批評にまつわる大騒動となったのです。そのきっかけの記事を読んでみましたが、有楽町そごう(現有楽町ビックカメラ、当時のままで残存するのは読売ホールのみ)と丹下健三の都庁舎を対比し、構造的で空間的である都庁に対し表層のデザインに特化された商業的デザインのそごうという図式を導き出し、各界の著者に批評をさせるというのは今となってはいささかやりすぎに感じますが、それだけ若手の仮想敵として格好の存在だったんだと思います。
時代は下ってポストモダンと呼ばれる潮流がモダニズムにとって代わっていきます。ポストモダンはいきすぎたモダニズムのアンチ装飾の教条主義を改め歴史的意匠の引用を用いた装飾を取り入れていきます。まるで村野建築を模倣するかのようですが、ここでもその主役としては扱われませんでした。1985年に書かれた八束はじめ著「批評としての建築」に村野さんの新高輪プリンスホテル(1982年)が取り上げられていますが「肉体を欠いた装飾」というタイトルの通り批評的に扱っています。『肉体を欠いた衣装の一人歩きを有難ってる有様は・・・』と1950年代当時の批評を繰り返しています。
ここまで批評的にしか扱われないとなると、私には蓮實重彦さんが(その才能への愛ゆえに)常に口悪く批評し続けた大江健三郎氏との関係とパラレルな気がします。村野さんの建築美への愛はより理想化された作品を要求し、もちろんそんな理想家からは未然で完成する実作への激しい批評として現前してしまう。八ヶ岳の展示映像作品の中で歴史家の藤森先生が言っていた、村野の評価が変遷したことはない、というのはそういうことなのかもしれません。
最後に。八ヶ岳美術館に着いてその全景を目にした瞬間、この建築はポストモダンの旗手だった磯崎新さん(八束さんは磯崎事務所出身で磯崎さんは丹下さんの研究室出身、いわば村野さん批評の最右翼だった人たちです)が作り出していた一連のヴォールト屋根作品への村野さんなりの解答なんじゃないだろうか?って考えが浮かんできました。批評への解答でもあった気がします。

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