ショートショート「ハイスコア」

俺のスコアは860。かなりのものだ。
英語ではない、信用スコアだ。

数年前に政府が導入した信用スコアは、最初の頃こそプライバシーの侵害だ、数字で人間を測るなと批判されたが、もともと試験や年収、スリーサイズ、人間はつまるところ数字で人を測りたいのだ。

「結婚候補者のリストが届きました。」
機械的な音声とともに、俺の目の前に現れたのは3名の女性のプロフィール。

スコアは、792、801、816か。
顔写真なんか見やしない。外見で人間を判断するのは減点対象だ。おれは816点と2週間後合う約束をした。
自分より低い点数の奴に興味はないが、あまり結婚が遅かったり、意欲がないとと減点される仕組みなのだ。

俺は外に出た。
道はきれいに掃除され、ゴミ一つ落ちていない。ポイ捨てなどすればそいつの点数は落ち、逆にゴミ拾いをする殊勝な人間は加点される。

シンプルなシステムだが、配偶者や職業、住める町までスコアによって選ばれる。いや、こちら側が勝手に選んだ結果、自然にスコアによって階層分けが進んだのだがー
とにかくこのシステムによって町は清潔になり、犯罪率は減り、皆が親切に道案内をするようになった。

ふと、道端に捨てられたチリ紙があった。
俺は駆け寄りすぐさま近くのゴミ箱にチリ紙を入れる。
どこから走ってきたのか、息を切らした男が恨めしそうに、引き攣った笑顔で俺に言った。
「素晴らしい心がけです」
ざまあみろ、俺の勝ちだ、と心の中で呟きながらにっこりと会釈をする。

俺は密かにスマートウォッチ上の自分のスコアを確認する。
861、か。あまりあがっていない。
近年は平均スコアも上がっており、ちょっとした善行では自分のスコアも上がらなくなってきたのだ。

しばらくのんびりと過ごした帰り道、俺は目を疑った。
何と歩きタバコをする女。滅多にないチャンス。
俺は早速喫煙所以外の禁煙は条例で禁じられている旨を優しく諭してやった。あまり怒鳴るのもよくない。
女はわかったのかわからないのか、曖昧な顔で、「はぁ」とだけ言って去っていった。

スマートウォッチの俺のスコアは863。今日はいい調子だ。

「おい、あの女のスコアは?」
ぼんやりと去っていく歩きタバコの女を見ながらスマートウォッチに尋ねると、こう答えた。
「1021です」

なんだって。
何かの間違いでは、俺は思わず聞き直した。歩きタバコなぞする輩がそんなに高いはずがない。しかしスマートウォッチの答えは同じだった。今度メンテナンスに出さねば。

家に着くと黒服の男が立っていた。
「私こういうものです」
と、男は自分のスコアを表示させた。
ー2033。
俺は目を丸くした。政府関係者だけに許された数字。俺は男を招き入れた。

「貴方はこの年齢で800代に達した素晴らしいお方。貴方を見込んでお願いがあるのです。」
「ええ、それはもう、何でも。」
「実は、ゴミを道路に捨てて欲しいのです。」
「えっ?」

男の話はこうだった。
スコア導入後、数年が経ち、急速に人々の活動が「改善され」次第にスコアを上げるための手立てが少なくなった。平均点も上がり、スコアは頭打ち。差別化や善行の競争意欲の維持も難しくなっているという。

「そこで、ポイ捨てですか」
「はい、貴方のスコアは捨てるゴミごとに加点されます。」

なるほど、先ほど見た女のスコアはこういうことか。

「しかしお言葉ですが、それこそスコアの崩壊では?」
「いいえ、国家の安定的運営のために、心を痛めて他の同胞に善行をさせるチャンスを与えることは、客観的に見て善行なのです。」

ふぅん、そんなものか。腑に落ちないところはあるが俺は引き受けた。スコアが上がるに越したことはない。

男が帰った後、早速俺は街に繰り出しポイ捨てを始めた。かみたくもない鼻をかみ、食べたくもないスナックを食べては捨てた。

俺のスコアはどんどん上がっていく。
誰に注意されようと格下の戯言にしか思えない。

夜もどっぷりとふけ、俺は家路についた。
路地の暗がりに子供が立っている。
ぼんやりとした目つき、手には包丁。こちらに向かってくる。
俺は悲鳴を上げた。

「よせ、お前は誰だ、こんなことをして何になる」


「スコアに」

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