補遺9: WIRED連載『新しい社会契約(あるいはそれに代わる何か)』第9回「NFTの「準所有」と著作権の終わり(の始まり)」
雑誌『WIRED』Vol.44(2022年3月14日発売)掲載の『新しい社会契約(あるいはそれに代わる何か)』第9回「NFTの「準所有」と著作権の終わり(の始まり)」の補遺です。
紙面の都合上、掲載できなかった脚注、参照文献等をここで扱わせていただきます。
注1)
タイトルにある「準所有」は造語である。民法では、物を自己のためにする意思をもって物を所持することを「占有」と言うが(民法180条)、権利等の物以外の財産権について自己のためにする意思をもって権利を行使することを占有に準じる概念として「準占有」と言う(民法205条)。ここでは、NFTについて「所有」という言葉が使用されすぎていることから、誤解を防止するために「所有」ではない言葉として使用している。
一方で、個人的には、NFTやその対象となるデータに所有権と同一または類似の排他的独占権を与えることは、NFTの可能性を減殺してしまうおそれがあると考えている。そのため、「準所有」という「所有」に準じた言葉を使用することに抵抗がないわけではない。
注2)
「CC0 NFT」の広がりについては、こちらのブログを参照。
注3)
NFTやその対象となるデータには、法的には所有権は発生しないと考えられている。これはメタデータだけでなく、画像データもブロックチェーンに記録するフルオンチェーンの場合でも同様である。
ブロックチェーン技術に基づくビットコインにつき、所有権の対象となるための有体(物)性、排他的支配可能性を欠くため物権である所有権の客体とはならないと判示した裁判例(東京地裁平成27年8月5日判決)がある。
一方で、従来から、技術の進展等に鑑み、電気、熱、光など、五感によって覚知できなくても法律上の排他的支配可能性があれば有体物と解してよい、とする見解が通説化していたことや、上記裁判例の排他的支配可能性のあてはめを巡る批判等もあり、暗号資産の法的性質や「物」を有体物に限定した民法85条の解釈を巡って議論が盛り上がり始めている。
この点で興味深い論文として、森勇斗『暗号型財産の法的性質に関する「物」概念からの再検討 ー民法 85条の趣旨に関する制定過程からの問いかけ;暗号通貨(仮想通貨)にかかる議論を踏まえー』(一橋研究第45巻1・2合併号)は、無体物を「一般情報無体物」と「仮想情報無体物」とに峻別したうえで、仮想通貨のような仮想情報無体物については、知的財産のような一般情報無体物と異なり、競合性、境界性、排他的支配可能性が観念できるとして、「物」足り得ると指摘する(ただし、そこで認められる所有権は従来の所有権とは異なる形になることを示唆する。また、秘密暗号鍵自体は非競合性、境界性を有しないため一般情報無体物の分類に服すると指摘する)。
注4)
「所有感」を売買するビジネスの例として、月の権利書を挙げるものとしてYuta Okamoto『NFTとは何ではないか』を参照。
注5)
法学者ブライアン・L・フライによる論文「After Copyright: Pwning NFTs in a Clout Economy」を参照。
注6)
最初期のNFTプロジェクトとして人気の「CryptoPunks」は、Larva Labsが提供する「NFTライセンス」が付与されている。
NFTライセンスは、CCライセンスのように誰もが利用できるパブリックライセンスとして標準化が企図されているが、作品の改変や営利目的での利用を認めていない。NFTライセンスは、著作権の完全な保持か権利なしかの二項対立に、より実用的な中間領域を提供するものと言える。
なお、Larva LabsからCryptoPunksとMeebitsのNFTコレクションのIPを取得したYuga Labsが、これらのNFTコレクションの保有者に対して商業的権利を付与することを発表している。
注7)
「CC0 NFT」については、DAO的な要素があるNFTプロジェクトが作品のパブリックドメイン化と相性が良いという側面があり、既存のコンテンツビジネスが影響力経済(Clout Economy)を背景にコミュニティ化しているのと、NFTのDAO化は相関性があるように感じる。
資産の証券・小口化を民主化するテクノロジーとも言えるNFTの行きつく先は徹底した金融化とも考えられるため、今後、これらのプロジェクトにはこのようなDAO的な要素の反射的な効果として芸術性(創作性)を損ねている、という批判(ベンヤミンのいう「アウラの凋落」)や既存のアート文化・経済の慣行との衝突は免れないだろう。
注8)
アート作品の公共性と所有権の衝突については、ジョセフ・サックス『「レンブラント」でダーツ遊びとは 文化的遺産と公の権利』を参照。
注9)
ブロックチェーンのトランザクション・コストに付随する環境負荷やガス代の高騰、(喧伝されている性質とは裏腹に)偽造・改ざんが容易なアーキテクチャ等が指摘されている。これらの課題に対しては、PolygonやimmutableX等のレイヤー2のテクノロジーの進展や、IPFS(分散型ストレージ)、フルオンチェーンの活用が期待され、すでに実践が進んでいる。
注10)
NFTに対する批判については、権利者ではない第三者が他人の所有物や著作物を権利者に無断でNFT・商品化することを技術的に抑止する手段が存在しないことも挙げられる。
その一つの現れとして、エルメスがデジタル上で模した"MetaBirkins"を製作・販売したメイソン・ロスチャイルド社に対して提訴した事件や、ナイキがスニーカー商品のデジタル画像をNFT化した「Vault NFT」についてStockXを提訴した事件など、主に商標権侵害を理由に提訴される案件が立て続けに発生していることが注目される。
注11)
技術的・法的な脆弱性により、NFT取引が詐欺的に使用される危険はますます高まっている。また、注4)で挙げたYuta Okamoto『NFTとは何ではないか』でも指摘されているように、暗号資産に関する市場が富裕層の資産逃避・課税回避の裏道として使用される可能性についても目を配らなければならないだろう。
注12)
本稿は、Web3テクノロジーが、世間で言われる意思決定や組織のラディカルな透明性のみならず、(これまで私有財産制の枠組みに阻まれてきた)情報資源の公共化に資する可能性について示唆するものである。このような可能性に、事業的・創作的のみならず、(ゼロトラストを含む)新しい信頼観の醸成の契機を見出すこともできるだろう。
本号のWIREDでもフィーチャーされているギャビン・ウッドは、「Web3(Web 3.0)」という言葉を最初に使用したとされるブログ記事で「社会契約」という言葉を使用しており、ゼロトラストを前提とした新しい社会契約像を垣間見ることができる。
アフターインターネット時代では、法とアーキテクチャの設計と協働が重要になるが、NFTはスマートコントラクトという「アーキテクチャ」とライセンス契約という「法」の両方を不可分一体に設計できる点で、ビジネス的にも、クリエイティブ的にもある種のルール設計者には有用なツールになり得、現になっているのだろう。
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