見出し画像

補遺7: WIRED連載『新しい社会契約(あるいはそれに代わる何か)』第7回「データコモンズの行方」

雑誌『WIRED』Vol.42(2021年9月16日発売)掲載の『新しい社会契約(あるいはそれに代わる何か)』第7回「互助の感性が生み出す新しいネイバー」の補遺です。

紙面の都合上、掲載できなかった脚注、参照文献等をここで扱わせていただきます。


注1)

「Decidim's Social Contract(Decidimの社会契約)」には、
 ・「Free software and open contents」
・「Transparency, traceability and integrity」
・「Equal opportunities and quality indicators」
・「Data confidentiality」
・「Accountability and responsibility」
・「Continuous improvement and inter-institutional collaboration」
という6つの条項が規定されている。

コードはGPLv3、コンテンツはCC BY-SAで公開し、かつ、認証やAPIなどのインターフェースはOpenID、RSS、OSATUS等、相互運用性を最大化することを約束している。

注2)

OdDL(https://opendatacommons.org/licenses/odbl/)は、Open Knowledge Foundationが提供するデータベース用のパブリック・ライセンスである。

注3)

DECODE(Decentralized Citizens-Owened Data Ecosystem、分散型市民保有データエコシステム)は、EUが進める、個人が自分自身のデータを安全かつプライバシーが保護された状態で管理できる、分散型のデータ・エコシステムを開発・構築するプロジェクトである。詳しくは、拙稿・雑誌「a+u」612号「DECODE解説」参照。

注4)

GDPRに対しては、主に制度設計に対する批判と執行に対する批判が存在しているように見受けられるが、前者としてはプライバシー経済学(The economics of privacy)の観点からデータ保護法制の負のコストを検討したSamuel Goldberg, Garrett Johnson, Scott Shriver "Regulating Privacy Online: An Economic Evaluation of the GDPR"(2019)など。また、COVID-19対策とGDPRがトレードオフ関係にあることについて「EU、揺らぐプライバシー信仰(The Economist)」など。

また、今号のWIREDにける経済学者グレン・ワイルへのインタビュー記事のなかで、わたしがGDPRに対する評価について質問しているので、ぜひ読んでいただきたい。

注5)

マイクロソフトCEOナディア・サティアによる「データは世界で最も再生可能な資源」という言葉は、ブラッド・スミス『TOOLS & WEPPONS』参照。なお、同書では、データコモンズの重要性と、その国際的なイニシアティブとしてマイクロソフトが果たす役割について力説されている。

注6)

「データをそれ単体ではなく、関係論的に把握し、一種の社会関係資本を結節する人類共有のコモンズと捉える」というテキストは、データの「財」、すなわち経済性や資産性を強調するのではなく、社会関係資本の文脈で捉え直す発想であり、本稿の核となる主張である(奇遇にも、わたしが質問者として参加した本号のWIREDの経済学者グレン・ワイルの応答でも近しいビジョンが示されているのでぜひ読んでほしい)。

ここでの「コモンズ」については、ギャレット・ハーディンが言うところの「コモンズ(共有地)の悲劇」で有名な有限で競合的なリソースとは異なり、ローレンス・レッシグが『コモンズ』で論じた非競合的なコモンズを意味する。レッシグはインターネットのネットワークを「イノベーション・コモンズ」と呼び、創作のための共有地を作者自らが生み出すことができる仕組み「クリエイティブ・コモンズ」を提唱したが、データコモンズもこの文脈に位置づける事ができるだろう。

日本では、まだデータコモンズが語られる機会が多くないように見受けられるが、数少ないテキストとして、武邑光裕「個人データのコモンズは可能か?」や宮田裕章『共鳴する未来 データ革命で生み出すこれからの世界』(データの「共有「財」」として側面を強調している)等がある。

注7)

「社会関係資本」と「社会的共通資本」は混同されがちだが、異なる概念であると説明されるので、少しだけ整理しておきたい。

ピエール・ブルデューは、人間の持つ資本を、「文化資本」、「経済資本」、「社会関係資本」の3つに分類した。そして、『孤独なボウリング』で有名なロバート・パットナムは、社会関係資本を、人々の協調行動を活発にすることによって、社会の効率性を高めることのできる「信頼」「規範」「ネットワーク」といった社会的仕組みの特徴であると定義した。

一方、宇沢弘文『社会的共通資本』(岩波新書)によれば、次のように説明されている。

社会的共通資本は、一つの国ないし特定の地域に住むすべての人々が、ゆたかな経済生活を営み、すぐれた文化を展開し、人間的に魅力ある社会を持続的、安定的に維持することを可能にするような社会的装置を意味する。
社会的共通資本は自然環境、社会的インフラストラクチャー、制度資本の三つの大きな範疇にわけて考えることができる。大気、森林、河川、水、土壌などの自然環境、道路、交通機関、上下水道、電力・ガスなどの社会的インフラストラクチャー、そして教育、医療、司法、金融制度などの制度資本が社会的共通資本の重要な構成要素である。都市や農村も、さまざまな社会的共通資本からつくられているということもできる。  社会的共通資本が具体的にどのような構成要素からなり、どのようにして管理、運営されているか、また、どのような基準によって、社会的共通資本自体が利用されたり、あるいはそのサービスが分配されているかによって、一つの国ないし特定の地域の社会的、経済的構造が特徴づけられる。

これらに従って整理すれば、わたしの主張は、データとその共有によって生まれるネットワークを社会関係資本として捉え、それを社会的共通資本としての社会的インフラストラクチャーや制度資本に組み込む、という説明になりそうだ。

注7)

私有財産制や所有権の捉え直しについては、今号のWIREDにおける経済学者グレン・ワイルのインタビュー記事と、彼が記した『ラディカル・マーケット 脱・私有財産の世紀』(東洋経済新報社、エリック・ポズナーとの共著)やマイケル・ヘラー『グリッドロック経済 多すぎる所有権が市場をつぶす』等を参照。また、上述したローレンス・レッシグの『コモンズ』も著作権という文脈ではあるが、同様の視点を見て取れるだろう(ある意味、レッシグが標的にした強固な著作権制度は昨今のデータオーナーシップやデータ保護法制にも通じる議論になり始めているように感じられる)。

また、同じく今号のWIREDの稲谷龍彦による「人新世における「新しい人間像」の構築へ」や、稲谷、宇佐美誠との下記対談『人新世と法』における主に稲谷発言も参照のこと。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?