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バイアウトはイノベーションの創出を阻害するか?

もともと、米国ではスタートアップの出口戦略(Exit Strategy)としてIPOよりも第三者による買収(acquisition、buy-out)が一般的であると言われてきたが、近年、米国では益々その傾向が強まっていると指摘されている。その原因の一つは、見込みのあるスタートアップが早期にGAFAM等の巨大テック企業に買収され、イグジットしてしまうことであるが挙げられる。

もちろん、バイアウトによるイグジットは、スタートアップ側には創業者やそのスタートアップに投資した投資家たちに経済的利益、そして場合によっては買収企業とのシナジー効果を発生させる。一方で、買収企業側には事業領域・事業ポートフォリオの拡充、オープンイノベーション(と呼ばれる類)の取り組み等のメリットがあると指摘される。これらの行為は市場原理に適っており、個別のイグジットをみれば批判されることではないだろう。

ただ、市場全体で考えたとき、果たしてそれでよいのか?

スタンフォード大学のマーク・レムリー(Mark Lemley)とアンドリュー・マクレアリー(Andrew McCreary)の『Exit Strategy』と題する最新の論文では、このような巨大テック企業によるスタートアップの買収は、巨大テック企業は寡占につながり、支配的な企業の力をさらに強化すること、既存企業を歴史的に置き換えてきた真に破壊的な新技術の開発を回避することにつながり、社会的なイノベーションの創出を阻害する、と指摘されている。特に、これらの買収が後行者としてのスタートアップを市場からシャットダウンするためだけに行われることがあり、これは有望な新しいテクノロジーへのアクセスを一般市民が失うことを意味すると、警告する。レムリー教授は、経営学ではなく、特許を中心とした知的財産権を専門とする著名な法学者であり、そのような立場からスタートアップの出口戦略について論じているのが、この論文のユニークな点である(マクレアリー氏はロイヤーのようだが、スタンフォードのMBAも卒業しているようである)。

レムリー教授らは、この問題に対する対応策としては、1)IPOのハードルを低くする、2)買収にかかる税を増やす、3)早期のイグジットを優先する(主にVCの)インセンティブの変更、4)バイアウト以外の、スタートアップの資金調達の方法、5)VCがバイアウトなしでキャッシュアウトできるようにする、6)水平合併等に関する反トラスト法の見直し等を挙げている。たしかに、これらは伝統的には競争法(独禁法)で対応すべき領域のように思われるが、いわゆる水平市場やイノベーションの創出は現行の競争法が不得意としている視点である。また、本論文では早期バイアウトへの過剰なインセンティブ設計を問題視する視点が根幹をなしているように感じられる。また、本論文では言及されていないが、PMI(Post Merger Integration)にガイドラインを含む一定のルールを持ち込む手法もありうるだろう。

日本ではどうか?日本では大企業によるスタートアップのイグジット自体、まだ総量が多くない。テック企業による寡占の問題も、2019年末に世間を賑わせたヤフーとLINEの経営統合のような一部例外はあるものの、問題視される機会は多くない。本論文のような議論は時期尚早である。

そもそも日本ではバイアウトに対する「身売り」等のネガティヴなイメージ等から、スタートアップの出口戦略としてIPOが一般的であると言われてきた。これに対し、近年ようやくバイアウト形式が増えてきて、スタートアップの出口戦略にようやくバリエーションが生まれてきているとの認識が一般的であると思われる。そのような中で、日本型のスタートアップ・エコシステムの在り方を語る際、IPOを目指すべきか、大企業へのバイアウトを目指すべきか、ともすれば後者をエンハンスしていくことが日本型のエコシステムとしてフィットするのではないか、といった論調がある。個別の事業ごとに考えざるを得ないが、本論文はこのような議論に一つの視点を提供するものとして有用であろう。

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